君の鼓動を、もう一度
病院に到着した救急車の扉が開くと同時に、悠斗は叫んだ。
「心停止、22歳女性、既往歴あり!VFから無脈性へ、搬送中にCPR継続!」
ストレッチャーが急ぎ足で救命室へ運ばれる。だが、悠斗の目にはそれさえも遅すぎると感じた。
彼女の肌は青白く、まるでガラス細工のように脆く見えた。
「俺がやる。準備を——AED、アドレナリン、すぐに!」
現場のスタッフたちが一瞬ためらうが、すぐに「橘先生、お願いできますか!」と声が飛び、白衣を渡される。
悠斗は一瞬、美咲の顔を見た。長い睫毛、眠るようなまぶた、微かに開いた唇——どこを見ても、生きていた頃の彼女のままだった。
「絶対、死なせない……!」
彼は手袋をはめ、心臓マッサージを交代する。
「アドレナリン、0.1mgボーラス投与!酸素流量10L!」
「心電図、フラットラインです!」
「まだだ……諦めるな、戻ってこい!」
——何度目かの電気ショック。バン、と身体が跳ね上がる。そのたびに、悠斗の心も砕けそうになる。
汗が額をつたう。視界がにじむ。周囲のスタッフの声が遠のいていく。
“これ以上は……彼女の心臓はもう……”
そんな空気が室内に流れ始めたとき——
「まだだッ!!」
悠斗の声が響いた。
「彼女は……俺との約束を、守ろうとしてたんだ……!自分の命を、諦めようとしてたのに、もう一度戻ってきたんだ!」
「だから……俺が諦めるわけにはいかない……っ!」
——ピッ……ピッ……
波のなかった心電図に、ほんの微かな鼓動が映った。
「……戻った!?心拍、確認!」
「心拍再開です、橘先生!」
部屋の空気が、たった一音で変わる。
波が戻る。命が戻る。
悠斗は、すっと力が抜けたようにその場に膝をついた。
「……美咲……よく頑張ったな……ありがとう……」
彼の手はまだ微かに震えていた。でも、その手が、確かに彼女の命を繋ぎ止めたのだった。