君の鼓動を、もう一度
 夜の病院は、昼とはまるで別の顔をしていた。
 蛍光灯が落とされた廊下、人気のないロビー、静かに回る空調の音だけが聞こえる。

 翔太は屋上に出ていた。夜風が髪を揺らす。空には街の光が霞んでいたが、星もいくつか瞬いていた。

 そんな翔太の隣に、静かに悠斗が立った。

 「……少し、風に当たりたくて」

 「俺もだよ」

 ふたりはしばらく無言で、夜の街を眺めていた。

 「兄貴、怖かった?」

 翔太がふと、ぽつりと訊いた。

 「……怖かったよ。今でも怖い。手が震えてるのが、止まらない」

 そう言った悠斗の声はかすれていた。普段、感情を見せない兄が……こんな風に話すのは珍しい。

 「兄貴はさ、いつも完璧に見える。でも……美咲のことになると、全然違うよな」

 「……あいつの命が、俺の全てだったから」

 はっきりと、そう言った悠斗に翔太は目を見張った。

 「今までは、ただ“医者として助けたい”って自分に言い聞かせてた。でも違ったんだよ。——俺は、桜井美咲をひとりの女の子として、どうしようもなく大切に思ってた」

 夜風がふたりの間を吹き抜けた。

 「だったら……ちゃんと伝えてやれよ、兄貴」

 翔太の目には、もう涙はなかった。

 「お前が幸せになってくれたら、俺も嬉しいんだよ。……俺の大事な友達と、大事な兄貴なんだからさ」

 悠斗は黙っていたが、その手の拳が、ゆっくりとほどけた。

 「ありがとう、翔太」

 「任せろって。俺、応援だけは得意なんだ」

 にっと笑う弟の背中を、悠斗はぽん、と軽く叩いた。
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