君の鼓動を、もう一度
翔太が帰ったあとの病室は、急に静けさを取り戻した。
 窓の外では、風が花びらをさらっていく。

 美咲は静かに口を開いた。

 「……ねえ、悠斗くん。私、ほんとは知ってたんだ。定期検診が必要なことも、先生が担当になってたことも」

 悠斗は微かに目を見開いた。けれど、何も言わずにただ待つように、美咲の言葉を受け止める。

 「でも……なんか、怖かった。
 また“良くない”って言われるんじゃないかって。
 この先、何も変わらないのに、毎回同じこと言われて、何かを“諦めろ”って言われるのが、もうイヤで……」

 美咲の声はかすれていた。
 それでも彼女は、笑った。どこか投げやりで、どこか子どもみたいに。

 「だったらさ、検診なんか行かずに、今のまま好きなことして、笑ってた方がいいって……思っちゃったの」

 悠斗はゆっくりと立ち上がり、美咲のベッドのそばに近づく。
 その目は、静かに、でも強く彼女を見つめていた。

 「それで……笑えてたか?」

 「……え?」

 「俺に会わずに、病気から目を背けて、“今のまま”を守って——それで、お前は、心から笑えてたのか?」



 美咲は答えられなかった。
 胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
 それが、答えだった。




 「俺は……お前を諦めない」


 その一言は、静かだったけれど、強かった。
 今までどんな手術にも、どんな困難な症例にも立ち向かってきた医者としての、そして——彼自身の気持ちとしての、決意。

 けれどその言葉に、美咲の表情が揺れた。

 「諦めないって……何それ。そんな簡単に言わないで」

 声が震えていた。
 感情の波が、止まらなかった。

 「私がどれだけ自分の体と向き合ってきたか……将来を考えるたびにどれだけ怖くて、どれだけ泣いたか、悠斗にわかるの!?」

 涙が頬をつたう。
 それでも止まらなかった。

 「元気なあなたに……何がわかるの!?
 普通に走れて、笑えて、好きな人と手を繋げるあなたに、私の気持ちなんて……!」

 次の瞬間、美咲は急に胸を押さえた。

 「っ……は……っ、く……」

 息が、うまくできない。
 視界がぐらつく。喉が詰まるような圧迫感。酸素が、足りない——

 「美咲!!」


 悠斗がすぐさまベッドの傍らに駆け寄った。
 慣れた手つきでナースコールを押し、酸素マスクを準備しながら、美咲の手をしっかりと握る。

 「大丈夫だ、落ち着け。俺がいる。大丈夫だから……!」
 
 その声に、必死に頷きながら、美咲は目を閉じた。
 視界の端で、涙が一粒、白いシーツの上に落ちた。

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