君の鼓動を、もう一度
「……こっちはいつまで待たせる気だ?」
前方で、リーダー格の男がトランシーバーを睨みながら低く唸った。
「話が違う……こっちはもう限界だ」

その声に、周囲の緊張がさらに高まる。
乗客の誰もが、小さな物音一つすら立てないように息を殺していた。
だが、不安は静かに膨れ上がり――

「ひ……っ」
突如、小さな悲鳴と共に、若い女性が立ち上がってしまった。

「無理っ、無理なのっ、出して! 出してぇえええっ!!」
パニックを起こしたその女性は、前方へ駆け出そうとする。

「待てっ!!」

――パンッ!!

銃声。
女性の足元に放たれたそれは、床を跳ねて、すぐ隣にいた中年男性の肩を貫いた。

「――っ! ぎ、あああああっ!!」

車内は一気に騒然となり、悲鳴が飛び交う。

「……チッ、てめぇが余計なことをするからだ!」

リーダー格の男は倒れた男性の足を蹴り飛ばし、ほかの乗客たちを威圧するように銃を掲げた。

「今すぐ、全員黙れ。もう一発撃たせるな……!」

美咲は口元を覆い、必死に震えを堪えた。
隣の友人が泣きながら肩を震わせている。
撃たれた男性は動かない――血が、床に広がっていく。

(ダメ……このままだと、誰かが死ぬ)

心拍数がまた、上がりはじめる。胸がきしんだ。

(お願い、早く、誰か――)





「……これ、あのバス……」

大学病院の医局で、悠斗はニュース映像を凝視していた。
現場上空を映すヘリの映像――バスの周囲にはパトカーや救急車が集まり、緊迫した空気が流れていた。

「場所、うちから近いな……」

心のどこかがざわめく。
だが冷静に、医師として頭を切り替えようとする。

「……万が一、搬送される可能性がある。オペ室と救急対応、確認してくる」

静かに立ち上がるその背に、看護師が小さく首を傾げた。

「先生……もしかして、何か、心当たりが?」

「……いや」

一拍の沈黙。

「ただの勘、です」




「動くなっ……!おい、こいつ……!」

撃たれた男性の様子が急変した。
顔面が蒼白になり、肩からの出血が止まらない。
一人の犯人が焦りながら、男の脈を確認する。

「死んだら困るって言っただろうがッ!! おい、外に伝えろ! 医者呼べって!」

トランシーバー越しに、外へ指示が飛ぶ。
「負傷者が出た。早く、医者を寄越せ!」

それをきっかけに、周囲がざわつき始める。

そして――

「救急隊、搬送準備できました!」
「待機していたストレッチャー出します!」

外で一斉に動き出す医療班。
厳戒態勢の中、交渉を通じて一人の負傷者がバスの外へと搬送されていった。

その一部始終を、美咲は黙って見つめていた。

(きっと、もうすぐ、外へ出られる……)

けれどその希望は、すぐに打ち砕かれる。
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