君の鼓動を、もう一度
「心肺、数値安定せず。出血、止まりません!」
緊迫した声が飛び交う手術室。
ライトの下、血に染まった美咲の身体。
悠斗は冷静さを装いながらも、額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「メス。……次、心膜を開く。慎重に」
「はい、橘先生」
周囲が彼の指示に従って、手を動かしていく。
だが――その心臓は、思っていた以上にダメージを受けていた。
(まずい……このままじゃ……)
「血圧が下がってきています! 出血、コントロールできません!」
「人工心肺、最大に。心拍誘導、準備!」
「心臓……止まってます!」
「……っ、始めるぞ」
悠斗は静かに手を伸ばした。
目の前の命を、絶対に失いたくなかった。
(ここで、失ってたまるか――)
「電気ショック、100でいく。……いくぞ、クリア!」
バンッ!!
彼女の体が小さく跳ねる――だが、心電図は、沈黙したまま。
「もう一度。120。……クリア!」
バンッ!!
沈黙。
「……っ、次、150で――」
「先生!」
助手が言葉を止めた。
「……戻ってきました! 心拍、再開!!」
心拍、再開しています……けど――」
助手が、不安を含んだ声で続ける。
「波が不安定です。再停止の可能性、非常に高いです」
「……」
悠斗は、口を噤んだまま、目の前の心臓を見つめる。
確かに動いている――でも、その拍動は、まるで今にも壊れてしまいそうな小さな鼓動だった。
「出血はコントロールできたが……このままだと、もたないかもしれない」
「……そんな……」
助手の顔が曇る。
「橘先生、どうしますか。延命のための補強処置、今ならまだ――」
「やる。時間を稼ぐんだ……少しでも長く、生かす。次に繋げられるように……!」
悠斗の声は低く、そして強かった。
諦めなど、微塵もない。
彼の手が、再び動き始める。
補強用の医療用フィルム、人工血管、最善を尽くせるだけ尽くす。
(……頼む、美咲。今は、ただ……生きてくれ)
術後のICU。
静かなモニター音が、小さな命の灯火を伝えていた。
美咲の指が動いたあの瞬間から、悠斗は一歩もその場を離れていなかった。
無言のまま手を握り続け、ただ彼女が再び目を開けることだけを願っていた。
「まだ、間に合う……もう一度だけ、目を覚ましてくれ」
その言葉に応えるように、彼女の唇がわずかに動いた気がした。
「み……さき?」
しかし次の瞬間、モニターの警告音が鳴り響く。
「心拍、急降下!酸素飽和度、低下!」
「嘘だろ……!」
医師たちが駆け寄る。だが、悠斗の心はもう分かっていた。
あの一瞬の反応が、奇跡ではなく、終わりのサインだったことを。
手術室の中で見せた、わずかな光。それは命が尽きる前に、彼女が見せた最後の頑張りだった。
その夜。
モニターが静かに、永遠の沈黙へと変わった。