君の鼓動を、もう一度

2.普通の日常

病室のベッドから離れる許可が出て、美咲はラウンジのソファに座っていた。
 外の空気が、少しだけ春の香りを含んでいる。

 「おーっ、動いてるじゃん。元気になったな!」

 元気な声とともに翔太が現れた。片手には紙袋、もう片方には……なぜかバスケットボールのキーホルダー。

 「今日はこれ、持ってきた。昔お前が欲しがってたやつ、部室にあったから持ってきちゃった」

 「えっ……これ、まだあったんだ」

 美咲は目を輝かせながら、懐かしそうにそれを手に取った。
 小学生のころ、翔太が持っていたおそろいのグッズに憧れていたことを、まだ覚えていた。

 「お前、当時クラブ入りたかったのに医者に止められて、めちゃくちゃ落ち込んでたもんな」

 「うん……でも、今はいい思い出かも。翔太くんがずっと話聞いてくれてたし」

 「俺、昔からイケメンだろ?」

 「うーん、それはどうかな?」

 笑い合うふたりの声に、ふと影が差す。
 「病人相手にナンパか?」

 振り向くと、そこには悠斗が立っていた。
手にはカフェの紙カップが二つ。

 「たまたま通りかかっただけだ。……お前、また騒いでただろ」

 「え、マジでたまたま?兄貴、まさかストーk」

 「翔太」

 「はいはい、撤退します。じゃ、美咲、また来るわ。兄貴、夜までには帰ってこいよー」

 翔太が去ったあと、悠斗は黙ってコーヒーのカップを差し出す。

 「カフェイン少なめのやつ。飲みすぎるなよ」

 「……ありがと。気にしてくれて」

 紙カップの温もりが、指先から胸の奥にまで届く気がした。

 「ねえ、悠斗くん……昔から、ずっと変わらないね」

 「そうか?」

 「うん。冷たいようで、ちゃんと優しいとこ」

 彼は少しだけ困ったように笑った。







 その夜、美咲はスマホのメモアプリを開いた。
 誰にも見せないつもりのページに、そっと文字を打ち込む。

 “やっぱり、好きかもしれない。”
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