君の鼓動を、もう一度
病室を訪れると、翔太はまたバスケの話をしていた。
 美咲は黙ってそれを聞いていたが、どうしても笑顔を作ることができない。
 翔太が「まだ夢の中か?」とからかうと、彼女は無理に笑った。

 「ううん、そんなことないよ。ただ……」

 美咲は少し黙り込み、視線を逸らした。
 翔太はそれを見逃さなかった。

 「お前、無理してるだろ?」

 「無理なんかしてないよ」

 「本当に?」
 翔太は、言葉を続ける前に一度深く息を吸った。
 「美咲、お前さ……今、自分の気持ちを抑えてるんじゃないか?」

 「え?」

 「だから、無理に元気でいる必要ないって。俺、なんでも話してくれていいんだぜ?」

 美咲は、彼の真剣な眼差しに少し戸惑った。
 けれど、それを無視することはできず、ぽろっとこぼれた。

 「……本当は、もう期待してないんだ。手術も治療も、どうせ無駄だって、最初から分かってた」

 翔太は一瞬驚いたように黙ったが、すぐに柔らかい声で言った。

 「だからって、諦めるのは早すぎるよ。美咲が元気を取り戻すために、俺たちはまだ何もしてないんだ」

 「でも、もういいよ。どうせ、治らないんだから」

 その言葉に、翔太の胸が締め付けられた。
 美咲の強がりに、無力感を感じる。
 「お前、なんでも自分で抱え込んじゃうけど……ちゃんと、言えよ。俺、話聞いてやるから」

 一瞬、沈黙が訪れた。

 そして、美咲はほんの少しだけ涙をこぼし、手でそれを拭う。

 「ごめん……ありがとう。だけど、もういいんだよ」

 その言葉を聞いた翔太は、少しだけ力を抜き、深いため息をついた。

 「お前、ほんとに頑固だな。でも……お前が笑ってくれたら、それが一番嬉しいからさ。どんな時も、無理しないでいいんだぞ」




 その夜、悠斗は病院のベランダでひとり、外を眺めていた。
 美咲の笑顔が頭に浮かぶ。彼女はいつだって笑っている。でも、その奥に隠れている苦しみは、誰にも見せないようにしている。

 “もっと、もっと強くなりたいのに……”

 悠斗は自分を責める気持ちと、どうしても彼女を救いたいという気持ちの間で揺れ動いていた。

 「どうすれば、救えるんだ……?」

 その答えを見つけることができず、彼は無意識に拳を握りしめる。

 「もう一度だけ、やり直す。絶対に……」

 その決意が、悠斗の胸に固く刻まれるのだった。
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