白い結婚なんて絶対に認めません! ~政略で嫁いだ王女は甘い夜を過ごしたい~【全年齢版】
「ねえ、イレーヌはこのお城の厨房に入ったことがあるでしょう?」

 ある日、ふとした思いつきを何とか実行に移せないかと切り出せば、自分に仕える侍女であるはずのイレーヌはわずかに顔をしかめさせた。
 厨房で塩とニンニクをもらって来て欲しいと頼んだばかりだ。どうせまた良からぬことを企んでいると思っているに違いない。実際、何の意味も効果もなかったし、イレーヌには秘密のままではあるけれど、それらをアルバートに宿る悪魔祓いに使った以上、的外れな反応だとは言い難かった。

「そんな顔をしないでイレーヌ。今回はとてもまじめなお話なの」
「本当にそうでしょうか」

 イレーヌの表情はなおも疑いの色をにじませている。どうにも信用されていない。プリムローズは一つ息を吐き、説明するのが先だと判断して口を開いた。

「アルバート様が最近、イルダリアに伝わる麺料理についてたくさんお話しして下さるの。だからほら、一緒にお食事ができる日のメニューには必ず麺料理が入っているでしょう?」
「確かにそうですね」

 夕食のメニューはイレーヌもいつも見ている。
 言われてみれば確かに、と納得の行く部分はあったのだろう。イレーヌは頷きはしたものの、まだその表情は険しい。

「アルバート様と一緒にいただく麺料理を、わたくしが作って差し上げたいの。だから厨房に入れないかと思うのだけど……」
「そういうことは私ではなく王太子殿下にお伺いした方がよろしいかと」
「でもアルバート様のご許可を得ようとしても、きっと反対なさるわ」
「それはその通りかと思います」

 にべもない返事にプリムローズの眉尻が下がる。さすがに冷たい反応だと思ったのか、イレーヌは表情を和らげた。

「姫様はこのイルダリア王国の王太子妃にございます。そんな姫様が一時の思いつきで厨房に立たれては、そこで働く人々の仕事の妨げになってしまうでしょう」

 プリムローズがいては邪魔になってしまうとの懸念はあった。
 やっぱり、客観的に見ると勝手が分からない人間がいるのは邪魔になるのだ。イレーヌは「何より、」とさらに言葉を続ける。

「厨房の様子を視察に来たと言うことは、姫様が食事に毒を盛られていると疑っていらっしゃるのではないか、そんなあらぬ誤解を与えてしまう可能性もあります」
「毒なんて……そんなつもりはないわ」
「私はもちろん姫様がそのようなお考えを持ってはいないことを存じ上げております。ですが、こちらの方々は姫様の人となりを良く知りません。まだ嫁がれて日の浅い今は行動には特に気を配られるべきでしょう」

 毒を盛られているなんて考えたことはなくても、イレーヌの言うことももっともだった。
 行動を慎んだ方が良い理由を説明されては引き下がるしかない。
 話したことはないけれどイルダリアの人々に悪感情を持たれたくもなかった。

 でも一度でいい。アルバートが生まれ育った国の料理を作り、振る舞いたいのだ。一方、それを成しえる為には今のプリムローズは無力で、アルバートに相談するしかないのも分かっている。

「分かったわ。本当は内緒にして驚かせたかったけれど……アルバート様にご相談してみる」
「それがよろしいかと思います。王太子殿下は姫様が何故なさりたいのか、理由をちゃんとご説明すれば分かって下さるはずですよ」
「――うん」

 でも、夫婦になる為に、アルバートの御子を産む為に肌を重ねたいのに、それは叶わない。
 アルバートは病にかかっている自分と一緒に歩んで欲しいとは言ってくれなかった。夫婦になったのだから、良いことも悪いことも共有したい。そう願うのは当たり前の気持ちだと思っていたのに、プリムローズのわがままなのだろうか。

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