お嬢様、庭に恋をしました。

プリンがなくても、行きたい庭がある。

最寄駅からの道を歩く足が、いつもより少し重たい。
編集部での打ち合わせが長引き、帰宅したのは19時を回っていた。

家の門をくぐった瞬間、玄関の扉が開き──

「舞花、おかえりなさい。今日はね、ちょっと大事なお話があるの」

……という母の言葉が、なぜか妙に意味深だった。
──あ、なんか嫌な予感。

「舞花、ちょうどよかった。来月、○○ホテルで小さな集まりがあってね」

「は……また?」

「“また”って言わないの。“ご縁”って言うの」

出た、お見合いワード。
しかも“集まり”って、そういう集まりでしょ。

「いや、ほんとにいいから。恋愛も、結婚も、今はいいってば」

「“今は”を繰り返してるうちに、旬を逃すのよ。プリンだって賞味期限あるんだから」

「恋愛とプリンを一緒にすな!」

反射で返しつつ、冷蔵庫へ逃げ込むように向かう。
今日こそ、冷やしておいたご褒美プリンに癒されたい……!
が、ない。どこにもない。

「え、うそ、また……!」

棚の奥も、下段も、冷凍庫まで確認して──
ついに、貼り紙を発見。

『舞花へ。甘いのはプリンだけにしておきなさい。母』

「おっっっっっかああああああ!!」

叫びながらダイニングに戻ると、母は涼しい顔でお茶をすすっていた。

「イラッとしたときに甘いものって、癖になるのよ」

「それを回避するためにプリン奪うの、親としてどうなの」

「あなた最近、なんだか落ち着かない顔してるから。甘いものでごまかしちゃダメよ?」

「落ち着かないって……」
(いや、でも……してたかも)

名前を聞いてから、庭に出るのがちょっと楽しみになってて。

ちょっと笑ってくれた日があると、それだけで嬉しくて。

そんな自分が、正直こわい。

恋って、いつのまにか始まってるもんなんだな……って、思いかけてたのに。
お見合いって言われると、
その芽を引っこ抜かれるような気がした。
 
夜、ベッドに横になってもモヤモヤは続いてて。

「……別に、悠人さんがどうこうじゃないし」とかブツブツ言ってたら──

スマホに天気予報の通知が届いた。

明日は、雨。
(……傘、持っていくか。……庭、行かないとは言ってない)

そう思ってしまった自分に、
少しだけ救われた気がした。

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