お嬢様、庭に恋をしました。
犬、逃走中。好き、暴走中。
今日は土曜日。
仕事の疲れもあったのか、お昼過ぎまで寝てしまっていた。
父も母も出かけて家にはいないようで、家の中はとても静かだった。
雨上がりの庭は、どこか空気がふんわりしていて気持ちがいい。
ベンチに座った舞花は、蒸気を立てる紅茶のマグをそっと膝に置いた。
ほんの少し肌寒いくらいの風が、ちょうどよかった。
そのとき。
目が合った、と思った瞬間──
茶色い影が、猛スピードでこっちへ突っ込んできた。
「ちょ、ちょっと待ってー!!こっちこっち!そっちは花壇ああああっっ!!」
庭に響く、舞花の全力ダッシュと悲鳴。
猛スピードで駆け抜けるのは──
小型の柴犬(多分メス)。
首輪はしてるけど、リードなし。超自由。
「ねえ誰!?誰のワンちゃん!?誰が放牧したの!?」
舞花が全力で追いかけていると、
花壇の端でしゃがみ込んでいた悠人が立ち上がる。
「え……なにしてるんですか?」
「見てわかるでしょ!? 犬が!! 走ってんの!!」
「……そっちじゃないです。そっちは泥が──」
ズルッ。
「ああああっっ!!」
豪快にすっ転ぶ舞花。
片膝からスカートの裾まで、しっかり泥まみれ。
「うわ……最悪……!」
落ち込んでる場合じゃない。犬、まだ逃げてる。
再び立ち上がって追いかけようとしたとき──
「……貸してください」
悠人がそう言って、自分の帽子を脱ぎ、
しゃがみ込んで犬に向かって低く優しい声をかけた。
「おいで。……怖くないから」
一瞬だけ躊躇ったあと、
信じられないことに、犬が素直にトコトコと近づいていく。
「え、えっ、なにそのテイム能力……え?」
あっさり捕獲。
「……すご」
「ご近所の犬です。前も逃げてたんで」
「いや、それにしても……」
(やさしい声、初めて聞いた……)
泥だらけの舞花の前に戻ってきた悠人は、
ハンカチでそっと彼女の膝の泥をぬぐおうとした。
「あ、いいです、自分でやるのでっ!!」
「……じゃあこれ」
と、彼が差し出したのは、
作業着のポケットから出てきたミニタオル。
「汚れてもいいやつなんで。……使ってください」
(こっちが……汚れてる方なんだけど)
それ以上は言えなかった。
心臓が、ドクドク言ってる。
汗じゃない熱が、全身を駆け巡ってる。
「……さっき、必死でしたね」
「いや!だって、庭がっ、アナベルがっ、踏まれそうだったし!」
「犬も、花も、守ってくれたってことですね」
「そういう言い方やめてください。恥ずかしいから」
「……ありがとうございます、お嬢様」
──やっぱりお嬢様…
この人は、名前では呼んでくれないんだ。
「……なんで今日、そんな優しさMAXなんですか?」
「泥だらけで転んだ人に厳しくできるほど、トゲないんで」
「それ、自分で言う?」
「たまには」
顔は相変わらず無表情に近いのに、
口調だけが、すこしやさしかった。
(なにそのギャップ……もう……好きになっちゃうってば)
心の声が、いつか口に出そうで怖い。
でも今はまだ──
泥だらけのままで、笑っていた。
庭の空気は、なぜかいつもより、甘く感じた。
仕事の疲れもあったのか、お昼過ぎまで寝てしまっていた。
父も母も出かけて家にはいないようで、家の中はとても静かだった。
雨上がりの庭は、どこか空気がふんわりしていて気持ちがいい。
ベンチに座った舞花は、蒸気を立てる紅茶のマグをそっと膝に置いた。
ほんの少し肌寒いくらいの風が、ちょうどよかった。
そのとき。
目が合った、と思った瞬間──
茶色い影が、猛スピードでこっちへ突っ込んできた。
「ちょ、ちょっと待ってー!!こっちこっち!そっちは花壇ああああっっ!!」
庭に響く、舞花の全力ダッシュと悲鳴。
猛スピードで駆け抜けるのは──
小型の柴犬(多分メス)。
首輪はしてるけど、リードなし。超自由。
「ねえ誰!?誰のワンちゃん!?誰が放牧したの!?」
舞花が全力で追いかけていると、
花壇の端でしゃがみ込んでいた悠人が立ち上がる。
「え……なにしてるんですか?」
「見てわかるでしょ!? 犬が!! 走ってんの!!」
「……そっちじゃないです。そっちは泥が──」
ズルッ。
「ああああっっ!!」
豪快にすっ転ぶ舞花。
片膝からスカートの裾まで、しっかり泥まみれ。
「うわ……最悪……!」
落ち込んでる場合じゃない。犬、まだ逃げてる。
再び立ち上がって追いかけようとしたとき──
「……貸してください」
悠人がそう言って、自分の帽子を脱ぎ、
しゃがみ込んで犬に向かって低く優しい声をかけた。
「おいで。……怖くないから」
一瞬だけ躊躇ったあと、
信じられないことに、犬が素直にトコトコと近づいていく。
「え、えっ、なにそのテイム能力……え?」
あっさり捕獲。
「……すご」
「ご近所の犬です。前も逃げてたんで」
「いや、それにしても……」
(やさしい声、初めて聞いた……)
泥だらけの舞花の前に戻ってきた悠人は、
ハンカチでそっと彼女の膝の泥をぬぐおうとした。
「あ、いいです、自分でやるのでっ!!」
「……じゃあこれ」
と、彼が差し出したのは、
作業着のポケットから出てきたミニタオル。
「汚れてもいいやつなんで。……使ってください」
(こっちが……汚れてる方なんだけど)
それ以上は言えなかった。
心臓が、ドクドク言ってる。
汗じゃない熱が、全身を駆け巡ってる。
「……さっき、必死でしたね」
「いや!だって、庭がっ、アナベルがっ、踏まれそうだったし!」
「犬も、花も、守ってくれたってことですね」
「そういう言い方やめてください。恥ずかしいから」
「……ありがとうございます、お嬢様」
──やっぱりお嬢様…
この人は、名前では呼んでくれないんだ。
「……なんで今日、そんな優しさMAXなんですか?」
「泥だらけで転んだ人に厳しくできるほど、トゲないんで」
「それ、自分で言う?」
「たまには」
顔は相変わらず無表情に近いのに、
口調だけが、すこしやさしかった。
(なにそのギャップ……もう……好きになっちゃうってば)
心の声が、いつか口に出そうで怖い。
でも今はまだ──
泥だらけのままで、笑っていた。
庭の空気は、なぜかいつもより、甘く感じた。