お嬢様、庭に恋をしました。

咲いてたのは、花だけじゃなかった。

ここ数日の舞花は、出社して、帰ってきてまた仕事…

庭に行きたいのに、出る時間が無かった。
やっと落ち着いて庭に出られたのは、4日ぶりだった。

窓の外にちらりと見えていたアナベルの白さが、妙にまぶしくて──

「……今日は、ちょっとだけ癒されに行ってもいいかな」

そんな気持ちで、マグを手に外へ出た。

ドアを開けた瞬間、
ほんのりと甘い、初夏の香りがふわりと鼻をくすぐる。

木漏れ日の下。

その中心に、白くふわりと咲きそろったアナベルがいた。
(……わ、ほんとに満開だ)

思わず足が止まった。
咲いている、なんて言葉じゃ足りない。
まるで、ちゃんと迎えに来てくれたみたいな花たち。

「……咲きましたね」

横から聞こえた声に、びくっとなる。
振り返ると、いつもの作業服に、少しだけ髪の乱れた悠人が立っていた。

「椎名さん……」

「ちゃんと、戻ってきたんですね」

「……あ、はい。なんか、いろいろ考えちゃって。勝手に」

「……でも、庭には戻ってきた」

「……はい」

「それで、十分じゃないですか」

なんでもないような言い方だったのに、
その言葉が、まっすぐに心の奥に触れてきた。

隣に並んで、アナベルを見る。

少しだけ、風が吹いた。
ふたりの影が、花壇の隅で重なった。
 
「この花、咲くまでは地味なんです。
 茎も細くて、葉っぱばっかりで、
 『これ本当に咲くのか?』って思うくらい」

悠人の声は、どこかやさしくて、
そのまま聞いていたくなるトーンだった。

「でも、咲くときは一気に咲く。
 誰にも見られてなくても、ちゃんと咲くんです」

舞花は、花じゃなくて、彼の横顔を見てしまった。
真剣にアナベルを見つめるその目。
まっすぐで、不器用で、だけどやさしい。
 
「……私も、そうなれるかな」

気づいたら、口にしていた。

「……?」

「ううん、なんでもないです。ひとりごと」

恥ずかしさでごまかしながらも、
その気持ちは確かに芽吹いていた。

花のように、時間はかかるけど。
でもちゃんと、咲いてる。

──咲いてたのは、花だけじゃなかった。
 
「……椎名さん」

「はい」

「……やっぱり、悠人さんって呼んでもいいですか?」

「……はい…ご自由に」

さりげない微笑み。
それだけで、
胸の奥がふわりと音を立てて咲いた気がした。

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