お嬢様、庭に恋をしました。

なんで今日だけ、そんな感じなの。

「ただいま〜」
 
アウトレット帰り、
玄関をくぐった瞬間、舞花の足は勝手に庭方向へ向かっていた。

(……あ、帽子がある。来てる)

思わず心臓がドクンと鳴った。

「別に、会いたかったとかじゃないし。……ないし!」

誰に言い訳してるのか分からないまま、
庭へ出ていくと──

「あ、お疲れ様です」

「……あ、こんにちは」

悠人はいつもの作業服、いつものトーン。
……なのに、なんとなく。
いつもより、よそよそしい気がした。
 
(あれ?)

昨日のこともあったし、
正直、笑ってくれるなんて期待できないってわかってた。

佐久間くんとのあの空気。

……椎名さん、気にしてたのかもしれない。

でもそれでも、
ほんの少しだけ──

今日も、あのやわらかい笑顔が見れるんじゃないかって、
勝手に思ってた。
 
……違った。
 
彼の表情は変わらない。

作業も黙々と続けている。
(……そっか。やっぱり)
 
──だから、余計に苦しくなる。

「……今日はアナベル、元気ですね」
「そうですね」
「雨も降らなかったし、よかったです」
「……ええ」
 
……薄い!!
会話の返し、超・薄い!!

「今日、家族でちょっと出かけてて」

「そうでしたか」

「アウトレットで、妹に服買わされて、
……あ、でも庭着は死守しましたけど」

「……それは何よりです」

……なにこの、“はいはい、そうですか”モード。

(……え、なに? 私、なにかした?)

昨日の佐久間のこと、やっぱり気にしてる?

それとも、私が謝ったのがそんなに気に障った?

それとも……それとも……
 
「……なんで、今日だけ、そんな感じなんですか」
 
思わず、口に出していた。
悠人の手が止まる。
はさみを握ったまま、少しだけこっちを見る。

「……そんなつもりは」

「……でも、冷たいです。今日は」

風が吹いた。

アナベルの花が揺れる。

言ったあとで、
なんでこんなこと言ってるんだろうって思った。
 
(だって……冷たくされたくなかった)

(優しくされたいって、思ってた)

(たぶん私……)
 
「……わかりました。失礼しました」

自分でも意味がわからないまま、
舞花はぺこっと頭を下げて、庭から足早に戻った。

玄関の扉を閉めた瞬間。
自分の胸の奥が、ズキンと痛んだ。
 
──ああ。これ、多分もう。
わかっちゃった。
 
「私、椎名さんのこと、気になってるどころじゃない……」
 
やっと、自分の気持ちに
名前をつけられそうになった。

でもそれは、
少しだけ痛い、名前だった。

< 22 / 85 >

この作品をシェア

pagetop