お嬢様、庭に恋をしました。

今日、会わなかっただけなのに

スコップを洗って、ホースを巻く。
いつもと同じ手順、いつもと同じ時間。
 
なのに──
 
視界の片隅に、
白いベンチがあることを、ずっと意識していた。
 
今日は来なかったな。
それだけのことなのに、庭全体が少しだけ、広く感じた。
 
(……別に、会話をしに来ているわけじゃない)
 
(自分は、自分の仕事をしているだけ)
 
それなのに、
その仕事の途中に、ふと目が合って、
水やりのことを聞かれて、
時々、くだらないやりとりに付き合って。
 
──それが、案外、悪くなかったと思っている自分がいる。
 
思わず笑ったりは、しないけど。
名前を気安く呼ぶことも、たぶんこれからもしないけど。
 
「……来るか、来ないか」を
無意識に探してしまっていることに気づいて、
少しだけ、ため息をついた。
 
(……まただ)
 
庭は、変わらず静かだった。
でも、
自分の中の静けさは、
少しだけ、揺れていた。
 
──今日、会わなかっただけなのに。
 
カシャン、と軽い音を立てて、剪定バサミを工具箱に戻す。
 
気のせいだと思っている。
たぶん、思い込みだ。
 
……でも、
明日は、
ちょっとだけ、風が吹いてほしいと思っている自分がいる。
 
白いベンチに、誰かが座っている風景を、
なんとなく、また見たいと思ってしまった。

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