お嬢様、庭に恋をしました。

それでも、好き

「“仕事をお願いする側とされる側”という関係は、ちゃんと理解しないとね」

母の声が、頭の中で何度も繰り返されていた。
その日、夜になっても舞花の心は落ち着かなかった。
ソファに沈み込んで、ぼんやり天井を見上げる。

(“関係”って、なんだろう)

(住む世界が違うって、なに?)

昨日、手を掴まれた時の感触が、まだ指先に残っている。
名前を呼ばれたあの声も、耳に残っている。

一瞬だったけど、たしかに近づいた気がした。
いや、近づいたんじゃない。もう、心は触れていた。
なのに。
 
──バサッ、と目の前に置かれた現実。
静かな声で、境界線を引かれたみたいだった。
 
(母の態度。それはいつものことだ)

今までだって、高橋さんの代わりの人が来た時に、母がこんなこと言うことは
よくあった。

その時は、私は何も思わなかったのに。

(でも……でも、椎名さんが“外の人”として扱われるのは、なんか、違う)

誰よりも真面目で、誰よりも丁寧に庭を見てくれていて。
花の名前も、咲く時期も、すべて知っている人。

咲いてからじゃなくて、
“咲く前の準備”を一番見てくれている人。

それなのに、
「頼まれた仕事をしてるだけ」のように扱われるのが、
たまらなく悔しかった。
 
(……好きだな)

舞花は、ふと心の中で言葉にしていた。
さっきまで「まだ気づいていないふり」をしていた気持ちが、
もう、引き返せない場所まで来ていた。
「好きかも」じゃなくて、「たぶん好き」でもなくて。
 
──ちゃんと好き。
 
どこに住んでいても、
どんな立場でも、
わたしは、あの人のことが好きなんだと思う。

(……どうしよう)

そうつぶやいて、目を閉じる。
心臓の鼓動は、どうしようもないくらい、彼を想っていた。
 
──好きだと認めるのが怖かったのは、
きっとこの先に「もっと好きになっちゃう」ことが分かってたからだ。
 
でも、もう遅い。
気づいた時には、
舞花の中ではもう、“誰がなんと言おうと”の恋になっていた。

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