お嬢様、庭に恋をしました。

恋人じゃないけど、好きな人

「じゃ、そろそろ──」

「……あ、待ってください」

夜の帰り道。
舞花が家の門を開けかけたとき、
悠人の声が背中から届いた。

「はい?」

振り返ると、さっきと同じ、でも少しだけ…表情がやわらかくなっていた。
 
「今日の道、少し暗いです。……ここまで送ります」

「……家、目の前ですけど」

「……知ってます」

「……じゃあなんでそんなイケメン対応してくるんですか、困るんですけど」

「気づいてくれたなら、よかったです」

「……なんでちょっと得意げなんですか」

ちょっとムッとしながらも、顔がニヤけそうになるのをこらえる。
(こういうとこ、ずるい)
 
門の前までの、たった数メートル。
でも、隣を歩くその人が
ほんの少しだけ肩を寄せてくるだけで──
(あれ?手、さっきのまま……まだ繋いでるんですけど!?)
 
「えっと、そろそろ……」

「ああ、すみません」

ようやくそっと手が離された。
でも、離すのが名残惜しそうで──
(って、なにそれ。あざとい)
 
「あの、舞花さん」

「……はい」

「あした……も、庭に出ますか?」

「出ます…」

「……そうですか。じゃあ、俺も作業します」

「明日はお休みの日なんじゃ…」

「でも、“作業日”って実は調整できるので」

「いや、わざわざ調整して来るとか、それもう──」

「“たまたま”ということにしておきましょう」

(……なんだこの人、さらっと距離つめてきた)
 
「じゃあ、あした」

「あした」
 
門をくぐって、玄関に入ったあと──
背中がほんのり熱いのは、
夜風のせいじゃない。
 
(なにこの感じ……“恋人じゃないのに、彼氏感”)

明日が待ち遠しくて、
笑いそうになるのをこらえながら、
舞花はそっと、指先を胸元で握りしめた。

──曖昧で、甘くて、
名前を呼ばれただけで心が跳ねるような夜だった。

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