お嬢様、庭に恋をしました。
あの手の温度のままで
夕方の庭は、日差しがほんのりオレンジに染まっていて、
風もやさしく、どこか待っていてくれるような空気だった。
(……昨日、椎名さん、言ってたな)
──「あした……も、庭に出ますか?」
──「……じゃあ、俺も作業します」
まるで待ち合わせみたいだったその言葉を思い出して、
舞花は、少しだけ早めにマグを持って庭へ向かった。
紅茶の香りが広がるたびに、
胸の奥がそわそわと高鳴る。
(もしかして、もう来てる……?)
植え込みの向こうに目をやると、
黒い作業服の姿が見えた。
(いた……!)
まだ声はかけられなくて、
でも顔が自然と緩んでしまうのを止められなかった。
(……なにこの感じ、“デートの約束”でもしてたっけ?)
「……こんにちは。今日も、お疲れさまです」
声をかけると、悠人が振り返った。
一瞬、ほんの一瞬だけ、
彼の表情が少しだけやわらいだように見えた。
「こんにちは。……早めですね」
「え、あ、あの、たまたま!仕事が、早めに終わったからで……!」
「……たまたま、ですか?」
「たまたま、ですともっ!」
(え、待ってなんかこっちだけ緊張してない!?)
内心ひとりでパニック気味になりながらも、
悠人の目元が、ふっとやさしくなるのがわかった。
「……じゃあ、“たまたま”ベンチに座りますね」
「えっ、いや、それは──」
「昨日、“座ってくれたほうが”って言ってたので」
「うぅ……覚えてるの、ずるい……」
ふたりで、並んでベンチに腰掛ける。
それだけなのに、心臓がうるさくなってくる。
「昨日……うれしかったです」
舞花がつぶやくと、悠人は静かにうなずいた。
沈黙が、すこしだけ長く続いたあと。
ふと、悠人の指先が、舞花の近くへそっと動いた。
(えっ……まさか)
舞花が思わず息を呑んだその瞬間──
「……あの」
悠人の声が、かすかに揺れた。
「……“たまたま”じゃなくて、来てくれたなら──」
言葉の途中、
そっと、手の甲に触れてくるぬくもり。
「……つないでも、いいですか」
その声は、いつもの淡々とした口調のままなのに、
どこか不器用で、ぎこちなくて。
(え……ちょっと待って、今……)
「……うん」
気づけば、舞花の指が動いていた。
ゆっくりと、でも確かに──
彼の手に、重ねていた。
手のひらが、あたたかい。
昨日よりも、
少しだけ近づいた気がした。
ふたりとも、
何も言わなかった。
でも、その沈黙が何より甘くて、
心がふわっと浮くような感覚だった。
──だから、次の“現実の一言”が、
胸をざらりと削るなんて。
このときのふたりは、まだ、夢の中にいた。
風もやさしく、どこか待っていてくれるような空気だった。
(……昨日、椎名さん、言ってたな)
──「あした……も、庭に出ますか?」
──「……じゃあ、俺も作業します」
まるで待ち合わせみたいだったその言葉を思い出して、
舞花は、少しだけ早めにマグを持って庭へ向かった。
紅茶の香りが広がるたびに、
胸の奥がそわそわと高鳴る。
(もしかして、もう来てる……?)
植え込みの向こうに目をやると、
黒い作業服の姿が見えた。
(いた……!)
まだ声はかけられなくて、
でも顔が自然と緩んでしまうのを止められなかった。
(……なにこの感じ、“デートの約束”でもしてたっけ?)
「……こんにちは。今日も、お疲れさまです」
声をかけると、悠人が振り返った。
一瞬、ほんの一瞬だけ、
彼の表情が少しだけやわらいだように見えた。
「こんにちは。……早めですね」
「え、あ、あの、たまたま!仕事が、早めに終わったからで……!」
「……たまたま、ですか?」
「たまたま、ですともっ!」
(え、待ってなんかこっちだけ緊張してない!?)
内心ひとりでパニック気味になりながらも、
悠人の目元が、ふっとやさしくなるのがわかった。
「……じゃあ、“たまたま”ベンチに座りますね」
「えっ、いや、それは──」
「昨日、“座ってくれたほうが”って言ってたので」
「うぅ……覚えてるの、ずるい……」
ふたりで、並んでベンチに腰掛ける。
それだけなのに、心臓がうるさくなってくる。
「昨日……うれしかったです」
舞花がつぶやくと、悠人は静かにうなずいた。
沈黙が、すこしだけ長く続いたあと。
ふと、悠人の指先が、舞花の近くへそっと動いた。
(えっ……まさか)
舞花が思わず息を呑んだその瞬間──
「……あの」
悠人の声が、かすかに揺れた。
「……“たまたま”じゃなくて、来てくれたなら──」
言葉の途中、
そっと、手の甲に触れてくるぬくもり。
「……つないでも、いいですか」
その声は、いつもの淡々とした口調のままなのに、
どこか不器用で、ぎこちなくて。
(え……ちょっと待って、今……)
「……うん」
気づけば、舞花の指が動いていた。
ゆっくりと、でも確かに──
彼の手に、重ねていた。
手のひらが、あたたかい。
昨日よりも、
少しだけ近づいた気がした。
ふたりとも、
何も言わなかった。
でも、その沈黙が何より甘くて、
心がふわっと浮くような感覚だった。
──だから、次の“現実の一言”が、
胸をざらりと削るなんて。
このときのふたりは、まだ、夢の中にいた。