お嬢様、庭に恋をしました。

雑草とドキドキと、午後の紅茶。


午後4時を回った頃、リモート会議を終え、
マグに入った紅茶を片手に、庭に出た。

画面越しのやりとりに疲れた目を休めるには、ちょうどいい時間。
 
薄い雲が流れる空は、どこか淡いグレーをまとっていて、
それでも庭の花々は変わらず揺れていた。

ローズマリーの香りが、風にまじってほのかに鼻をくすぐる。
 
庭のベンチへ向かって歩き出した、そのときだった──

その日も庭は静かで、風はやさしかった。

──はずなのに。

「……あっ、ちょっ、うわっ」

ガサッ!ズルッ!

「危なっ──」

次の瞬間、ぐらついた体を引き寄せるように、腕が伸びてきた。

「……っと」

しっかりした手に支えられて、視界が安定する。

鼻先に、土の香りと、汗と、少しだけミントのような匂い。

「え……近」

悠人の顔、近い。

というか、え、近い。めちゃくちゃ近い。

「……足元、気をつけてください。そこ、まだ雑草残ってます」

「雑草のせいなの!? 私、雑草に負けたの!?」

「……はい」

あっさり肯定された。

「ていうか、もうちょっと“お嬢様、大丈夫ですか!?”的な反応ないんですか!?」

「大丈夫ですか?お嬢様。」

「……は?何その言い方!」

「いえ、指示された通りに言っただけです」

腕をどけられて、ようやく体が自由になる。
ドキドキしてたのが、自分でもバレるくらい心臓うるさい。

(なに今の距離感……ふつうに恋愛漫画の2ページ目だった)

思わずバカなことを考えてしまった。

「……別に、倒れかけた人を支えただけです」

「いや、わかってるけど! そうだけど! そうだけどぉ!」

「大きな声出すと、虫が飛びますよ」

「うわ、また雑草と虫……! この庭、敵多すぎ!」

つい肩をすくめてから、ふと悠人の指先が目に入った。

軍手越しでも分かる、しっかりした手のひら。

ふつうの会話なのに、どこかさっきから視線が引っ張られる。

(いやいやいや、ダメダメ。庭でトキメキ禁止)

心の中で“恋愛ストッパー”発動。
たぶん、まだ間に合う。はず。

「……ありがと、その、さっきの。支えてくれたの」

「どういたしまして。お嬢様」

「また言った」

ほんの一言。

でも、初めて会話をした気がして、またちょっとだけ心が動く。

(この人、無愛想だけど、悪い人じゃないのかも)

いや、待て。まだ信じるには早い。


今のはたまたま、たぶんレア。期間限定の優しさ。

──とか考えてる時点で、けっこう気にしてるよね、私。

自分の心がどこに向かってるのか、うっすら見えてきた5月の午後。
雑草は怖いけど、この庭はやっぱり、ちょっと好き。
風に揺れる花たちは、静かにその一部始終を見ていた。


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