お嬢様、庭に恋をしました。

“気になってるだけ”って何回まで?

週末の午後。
舞花は、美羽と駅前のカフェのテラス席にいた。
やわらかな風が通り抜ける中、隣の席まで聞こえそうなテンションで──
 
「でさ、その人、ずっと“気になってるだけ”って言い張るわけよ!」
 
美羽の声が勢いよく響いて、舞花は思わず肩をすくめた。
相変わらず、恋バナになると音量調節がバグる人である。
 
「でもLINEの通知が来るたびにニヤけて、待ち合わせに15分前行動して、“特別じゃない”って、どういう思考回路?」

「いや、それはもう完全に“特別”でしょ……むしろ公認」
 
「でしょ!?それな!こっちはもう“はよ認めろ”ってプラカード持って応援してるからね!」
 
舞花はストローでカフェラテをくるくるしながら、ふっと笑った。
美羽は大学時代からの友人で、今では同じ職場の同僚でもある。
恋バナのテンションだけは、学生時代から1ミリも進化していない。

「でも舞花もさ、“気になってるだけ”って言ったことあるでしょ?」

「うーん……あるかなあ」

「あるよ。わたし知ってる。“高身長で眼鏡で仕事できそうな人いいな〜”って言いながら、1週間その人のSNSチェックしてたやつとか」

「やだそれ、完全にストーカー」

「いや、“気になってるだけ”って、そっちの言い訳だからね?」

「うっ……」

ぐうの音も出ない舞花。
思わずカフェラテを一口、冷たさで誤魔化す。

「で? 最近は? なんか“気になる人”とか、いないの?」

「ん〜〜〜」

曖昧にうなりながら、視線を外す。
ふと思い出すのは──庭で見かけた、無愛想な作業服の人影。
別に、なにか会話があったわけでもない。

優しくしてもらったわけでもない。むしろ印象は最悪。
でもなぜか、ふとした瞬間に思い出す。
今日も庭に来てるのかな、とか。
あの時ちょっと笑ったっぽいな、とか。
(……あれ、これって)

「……6回目、いってる気がするなあ」

思わずぽつりと口にすると、美羽がすかさず顔を乗り出す。

「え、なに?今なんて言った? 舞花〜!? 今なんか言ったよね!? 恋の香りしたよね!?」

「してないです」

「してたって〜!! 港区女子にも春が来たぁ!?」

「だから港区じゃないってば」

誤魔化しながらも、頬がちょっと熱い。
気のせいだと思いたい。でも、気づいてしまったかもしれない。

“気になってるだけ”って、何回まで通用するんだろう。
回数を数えたら、きっともう、セーフじゃない。

< 7 / 85 >

この作品をシェア

pagetop