お嬢様、庭に恋をしました。

どうして、何も言ってくれなかったの

その夜。
舞花は、ふいに母の部屋のドアをノックした。

「お母さん、話があるの」
 
静かなリビング。
母が紅茶を口に運びかけたところで、舞花の言葉が落ちる。
 
「椎名さん、庭から外されたの……お母さんが言ったの?」
 
母の手が、一瞬止まった。
その沈黙が、答えだった。
 
「私、何も知らなかった。
昨日まで普通に話して、笑って──なのに。
会いたいのに。
声聞きたいのに。
急に、もう来ないの。
なんでなの?」
 
「どうして……
どうして、何も言ってくれなかったのっ!!!
なんで私からあの人を遠ざけるのっ!!」
 
「お母さん、“ちゃんと見極めてからにしなさい”って言ったよね?
だから私、ちゃんと伝えた。好きって、自分の気持ちで。
有栖川家とか、お嬢様とか、そういうの抜きで──
私は、椎名悠人って人が好きなの」
 
涙が込み上げてくる。
でも、それを拭うより先に──
 
「それを勝手に、終わらせないでよ……!」
 
テーブルのカップがわずかに揺れる。
母は静かに、でも揺れない声で言った。
 
「あなたのためよ、舞花」
 
「違う。
それは、“家のため”でしょ?」
 
「私は、あなたたちの人形じゃない」
 
「……」
 
「椎名さんと出会って、初めて誰かを本気で好きになったの。
誰かと一緒にいたいって、自分で思ったの。
……それを、どうして奪うの?」
 
涙声を押し殺して言ったその言葉に、
母の瞳がわずかに揺れた。
でも、返ってきたのは──
 
「……あなたがそこまで本気だとは、知らなかったわ」
 
その言葉の意味は、まだ分からない。
でも少なくとも、母の心のどこかに、
何かが届いたような気がした。
 
舞花は、それ以上何も言わず、
静かに背を向けた。
心の中に、火がともったまま。
 
──絶対に、終わらせない。
あの人との恋も、あの時間も、全部。
自分の手で、ちゃんと、取り戻してみせる。

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