お嬢様、庭に恋をしました。

咲いてたのは、花だけじゃなかった

週が明けても、何も変わらないように思えた。
 
朝はバタバタと出勤して、
昼はひたすら画面とにらめっこ。
カフェでの打ち合わせやメールの応酬。
帰ってくると、夜の静けさだけがやけに沁みた。
 
──でも。
舞花の中で、たしかに何かが欠けていた。
 
仕事はこなせてるし、会話も笑えてる。
美羽とも相変わらず、いつもの調子でやり取りしている。
でも──ふと、庭の方を見るたびに、
胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたような感覚になる。
 
「……そろそろ、水やり……しておかないとね」
 
ひとりごとのようにつぶやいて、
数日ぶりに庭へ出たのは、週の終わりの午後だった。
 
少し冷たい風。
夕焼け色の空。
 
(あの人が、いない庭なんて)
 
そう思いながら、いつものようにベンチに座った。
 
ふと、足元に違和感を覚えた。
 
「……ん?」
 
ベンチの横、誰も気づかないようなその隙間に、
小さな白い花がひとつ──静かに咲いていた。
 
「……この花……」
 
見たことがない。
今まで、この場所に咲いていた記憶もない。
でも、ちゃんと整えられた土。
丁寧に植えられたことが、すぐにわかる。
 
思わずスマホで撮って、画像検索する。
──“ワスレナグサ”。
 
花言葉は、「また会う日を楽しみに」。
 
舞花の呼吸が、止まった。
 
「……嘘……」
 
目が潤む。
その場にしゃがみこんで、そっと花に触れる。
 
小さい。弱そうなのに、
ちゃんとまっすぐ咲いてる。
 
「悠人さん……これ……」
 
声が震える。
これは──あの人が、
何も言わずに残していった“想い”だった。
 
(何も言わなかったのは、
何もなかったからじゃなかったんだ……)
(ここに、ちゃんと……置いていってくれてたんだ)
 
涙が、ぽとぽとと落ちた。
 
止めようと思っても止められなかった。
 
風が吹く。
花が、静かに揺れた。
まるで、「待ってたよ」と言うみたいに。
 
舞花はしゃがんだまま、
そっとその白い花を両手で包み込んだ。
 
「……わたし、ちゃんと待ってるからね」
 
声にならない声で、そう誓った。
 
──咲いてたのは、花だけじゃなかった。
あの日の“好き”も、“そばにいたい”も、
ちゃんとこの庭に、残ってたんだ。

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