お嬢様、庭に恋をしました。

また、ここから

──その日、悠人は有栖川家の門の前に立っていた。
スーツ姿で。
作業服とは違い覚悟を決めた姿。
 
(……呼ばれた、ってことは)
 
舞花の両親が、自分と正式に話すつもりでいる。
それがどういう意味かなんて、考えるまでもなかった。
 
緊張は、ある。
けれど──迷いはない。
 
インターホンを押すと、
ドア越しの声がいつもよりほんの少しだけ硬かった。
 
「椎名さんですね。どうぞ、お入りください」
 
通されたのは、有栖川家の応接室。
大きな窓から差し込む光の中で、
舞花の両親が、迎えてくれた。
 
だがその静けさの裏には、やはり──
“ひとつの覚悟”が求められている空気があった。
 
そして──
「椎名くん、ひとつだけ聞かせてくれるかい」
有栖川家の応接室。
穏やかな空気の中に、ほんの少しだけ緊張が走る。
舞花の父が、悠人に静かに問いかけた。
 
「君がもし──有栖川家の“娘婿”になるとして、
“婿養子”という立場を受け入れる覚悟は、あるかね?」
 
隣に座っていた舞花が、一瞬で固まる。
 
「ちょ、ちょっと待って、お父さん!? 何言って…!?」

動揺する舞花の声に、父が少し眉を上げた──が、
その横から、
穏やかな口調で、静かに割って入ったのは母だった。

「だって家を継がせるつもりはないにしても、形式上……」

まるで“当然のこと”のように言うその声音。
 
「形式とか気にするの、お母さんだけじゃないっ!?」

「私は、婿になってもらうつもりなんてない。ただ悠人さんと一緒に──」
 
「椎名くんが、どれだけの覚悟でうちの娘と向き合ってくれるか。それだけが知りたい」

舞花の父が、悠人をまっすぐにみて言った。

悠人はしばらく黙っていた。
でも、目はまっすぐだった。
 
「……私には、背負える肩書きなんてありません」

「舞花さんと一緒にいることを認めていただけるのであれば──
“婿養子”になること喜んでお受けいたします。
私には何よりも舞花さんと一緒にいられることが一番大切です。」
 
舞花が、ぱちんと目を見開いた。

(……それ、ずるい。かっこよすぎるでしょ……)
 
父も母も、ほんのりと笑みを浮かべる。
 
「なら、認めない理由はない。舞花を宜しく頼みます」 
そう言って、父が初めて手を差し出した。

「ありがとうございます。宜しくお願い致します。」

悠人がそれをしっかりと握り返す。
 
(ああ、やっと……ちゃんと、“私たちの未来”が、始まったんだ)



********


 
それから数ヶ月──
 
晴れた休日の午後。
いつもの庭で手を繋いだ舞花と悠人が並んでベンチに座っていた。
 
「こうやって、庭でお茶飲むのも久しぶりですね」

「ね。いろいろあったもんね……」
 
マグにはアールグレイ。
ほんのり風が吹くたびに、アナベルがやさしく揺れる。
 
「ここの庭に咲いたアナベル、もう咲ききったかと思ってたけど」
悠人がふと、指先で茎をなぞる。
 
「まだまだ、咲くよ。……きっとこれからも」
 
ふたりは、そっと見つめ合った。
 
「じゃあ、これからも一緒に水やりお願いしますね」

「はい、“庭師さん”。うちの庭、責任もってよろしくお願いしますね」

「……もう、有栖川の人になっちゃいましたけどね」

「え、それ言い方ぁぁ……!」
 
そんなやりとりが、
どこまでもあたたかくて、どこまでもふたりらしくて。
 
──ふと、風が吹いた。
 
「……うわ、虫! また虫きた!!」

「またですか」

悠人は 淡々とひとこと。

「風通しが悪いと、虫が集まりやすいですからね」

「なにその職人コメント!初めて会った時も言われた言葉!」

「でも、“味方”もひとり、増えました」

「……うわ、それ……ずるい。キュンとした。……でも虫は嫌」
 
笑い合いながら、
ふたりはまた、庭に戻っていった。

 
──この庭から始まった恋は、
ちゃんと実って、ちゃんと続いていく。
 
二人を祝福するかのように、
静かに、白いアナベルが揺れていた。




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