元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜
婚礼の儀
——今日は私達の結婚式
「アルフォンス皇太子殿下、クリスティナ様 おめでとうございます!!」
街中に鳴り響く鐘の音と沿道からの歓声に包まれ、殿下と私は今——大聖堂へと向かう馬車に揺られている。
一度目はこんなに温かい気持ちで当日を迎えただろうか?
いや、当日も使用人に当たり散らしては支度を妨害した記憶がある。
浅はかで、愚かな花嫁だった。
たしか急に天気が崩れて、湿度が高くなって不快だった。
それだけで、なんの罪もない専属侍女を張り倒して。
なにかそれ以外にもあったような——。
まぁとにかく、ク○妃殿下だった。
二度目の今日、夫になる殿下と息子になったマリシス、二人との生活を考えただけで自然と笑顔になれるのだから、これが「幸せ」という心の余裕なのだろう。
「私は今、人生で初めて緊張しているよ。ティナ……」
「初めてですの?皇太子任命式の時よりも??」
「ああ、あれは緊張というより恐怖だったな。とにかく緊張とは違った」
また殿下特有のよく分からない感情表現。
だいたいの場合、時間をかけて腑に落ちてくるのよね——。
でもそれは、殿下が『世界一見目麗しい花婿』であること以外、今日もいつもと変わらないってことなのだけれど。
「ティナ、私のことを考えているんだと思うけど、見に来てくれた皆に手を振ってあげてくれないか?」
そうだった——そうだったわ。
手の振り方も決められているから、気を付けないと。
ここルヴェルディ帝国の慣例では、馬車から降りたら二人で大聖堂の入り口まで向かい、そこで立ち止まって民衆に手を振り、歓声に応えたら聖堂内へ入場——という流れなのだけれど、今日は特別に私からお願いしたことがある。
「さて、私は中で待っているからね。お父上と少し話してから来るといい」
「はい、殿下。お願いを聞いていただき、ありがとうございます」
我儘だと分かってはいても、どうしてもお父様お兄様と祭壇の前まで歩きたいと思った。ここに辿り着くまで、一度は命を落とし、二度目は命を狙われ、結局ずーっと二人には心配をかけっぱなしだから——。
「お父様!お兄様!お待たせしました」
「……綺麗だよ、ティナ。父親として誇らしい気持ちだ」
「ほんとに美しいよ。もう気楽に会える妹じゃなくなるんだな……」
こうなるから、どうしてもしっかりと嫁入り前のコミュニケーションを取っておきたかった。予期せず早めに皇子宮に入ることになった私は、ちゃんとした挨拶もできないまま今日に至ったから。
殿下の待つ大聖堂から、オルガンの音が聞こえてくる。
いよいよ時がきたみたい。
——入り口から途中まではお兄様と、その先はお父様と、そして最後は殿下にバトンタッチしてもらって。こうして大切な人たちと歩く祭壇までの道のりは、私の一生の宝になるだろう。
——二度目の人生、ここで一つ区切りを迎えるのだろう。
「殿下、私の大切な娘ですから。必ず、絶対に!幸せにしなければなりませんよ。……どうか宜しくお願い致します」
「お任せください、公爵(……いつにも増して圧が強いな……)。行こうかティナ」
——では、これより ルヴェルディ帝国皇太子アルフォンス・トレヴィ・ルヴェルディ殿下と皇太子妃クリスティナ殿下の婚礼の儀を執り行います——
祭壇の前に立つと、大司教様の始まりの言葉に強い緊張を感じた。
私にしては珍しく?ブルッと身震いに襲われて、あぁ緊張してるんだなって。
そして長い長い大司教様からの祝福の言葉が授けられる。
厳粛な雰囲気の中、聖書の言葉を引用しながら、結婚という神聖な誓いが持つ意味、そして夫婦の在り方を私たち二人に語りかけるのだ。
なのに一度目は、緊張するどころか——心の中で「とっとと終わらせなさいよ!」と畏れ多くも毒づいていたっけ。
私たち二人の道しるべになろうとしてくださっているだけなのに。
——ようやく祝福も終わると次は、結婚指輪の交換。
ここルヴェルディ帝国では、結婚指輪の始まりについて伝わる定説があって。それは「左の薬指と心臓が1本の血管で繋がっている」と信じた古の民が結婚の際に、互いの薬指に誓いの印を付けた——というものだ。
今は結婚指輪という存在が生まれ、それを左手の薬指にはめることで二人の心を繋ぐ印となっている。
特に皇族の結婚指輪は少し特殊。一つで二つの役割を果たすよう作られている。表は互いの瞳色の宝石をあしらい結婚指輪として、裏は互いのシンボルを刻み『秘密の鍵』として使えるようになっているのだ。
指輪の腕と石座を繋ぐ部分が回転するように作られているから、鍵が必要な日が来てしまったらグリンと回転させれば良いだけなのだけれど。——他の国では見たことがないわね。
言うまでもなく、指輪の交換も二度目。
一度目の夫アレクシス殿下を幸せにできなかったぶん、アルフォンス殿下には特別な愛情を持ち続けたくて。
互いに指輪をはめた後は手を繋いで『誓いの言葉』を述べることにさせてもらった。——なんだろう……逆に私がすっごく幸せだ。
私たちが誓いの言葉を述べる間、まだ幼いマリシスが赤ちゃん語でお話を始めてしまって。永遠の愛と忠誠を誓う神聖な場面なんだけれど、笑いが起こったり拍手が起きたりで愉快な感じに。式の間の抱っこを頼んであった皇帝・皇后両陛下は人生初のてんやわんやを味わったそうだ。——それもまた一興。
式も終盤に差し掛かり宣誓書にサインをする頃、チラチラとこちらを見る殿下の視線に気付いた。そうそう、マリシス坊やの騒ぎで、大司教様が史上初のミスを——。誓いのキスを飛ばしてしまったのだ。
実のところ、これが私たちのファーストキス。
殿下はこれを一番楽しみにしていたものだから、すごい執着で。
大司教様の合図が終わるや否や、とっても深い口付けをいただきました。
一度目とは違って間違いなく神の温かい加護を感じたし、確かに夫婦として一歩を踏み出すことができたと実感している。
式を終えて大聖堂を出ると、また馬車に乗って皇宮までの道をパレード。皇宮魔術師たちのフラワーシャワーは色とりどりで、キラキラと輝きながら舞い降りてくる。沿道の人々が花びらを求めて空に手をかざす姿は、まるで夢の世界だ。
そして数メートルごとに立つ皇宮魔術師たちの姿を見て、私は自然と涙を流していた。一度目で酷い目に合わせた彼らもいるのね。
「披露宴も楽しみにしてるわ!素敵な演出をよろしくね」
彼らの笑顔と向き合いながら、過去の自分とも向き合った。二度目は、あなたたちを迫害したり処刑したりなど絶対にしない。
——皇太子妃になった私の未来、そこに居てもらうべき人々は既に決まっているのかもしれない。
「アルフォンス皇太子殿下、クリスティナ様 おめでとうございます!!」
街中に鳴り響く鐘の音と沿道からの歓声に包まれ、殿下と私は今——大聖堂へと向かう馬車に揺られている。
一度目はこんなに温かい気持ちで当日を迎えただろうか?
いや、当日も使用人に当たり散らしては支度を妨害した記憶がある。
浅はかで、愚かな花嫁だった。
たしか急に天気が崩れて、湿度が高くなって不快だった。
それだけで、なんの罪もない専属侍女を張り倒して。
なにかそれ以外にもあったような——。
まぁとにかく、ク○妃殿下だった。
二度目の今日、夫になる殿下と息子になったマリシス、二人との生活を考えただけで自然と笑顔になれるのだから、これが「幸せ」という心の余裕なのだろう。
「私は今、人生で初めて緊張しているよ。ティナ……」
「初めてですの?皇太子任命式の時よりも??」
「ああ、あれは緊張というより恐怖だったな。とにかく緊張とは違った」
また殿下特有のよく分からない感情表現。
だいたいの場合、時間をかけて腑に落ちてくるのよね——。
でもそれは、殿下が『世界一見目麗しい花婿』であること以外、今日もいつもと変わらないってことなのだけれど。
「ティナ、私のことを考えているんだと思うけど、見に来てくれた皆に手を振ってあげてくれないか?」
そうだった——そうだったわ。
手の振り方も決められているから、気を付けないと。
ここルヴェルディ帝国の慣例では、馬車から降りたら二人で大聖堂の入り口まで向かい、そこで立ち止まって民衆に手を振り、歓声に応えたら聖堂内へ入場——という流れなのだけれど、今日は特別に私からお願いしたことがある。
「さて、私は中で待っているからね。お父上と少し話してから来るといい」
「はい、殿下。お願いを聞いていただき、ありがとうございます」
我儘だと分かってはいても、どうしてもお父様お兄様と祭壇の前まで歩きたいと思った。ここに辿り着くまで、一度は命を落とし、二度目は命を狙われ、結局ずーっと二人には心配をかけっぱなしだから——。
「お父様!お兄様!お待たせしました」
「……綺麗だよ、ティナ。父親として誇らしい気持ちだ」
「ほんとに美しいよ。もう気楽に会える妹じゃなくなるんだな……」
こうなるから、どうしてもしっかりと嫁入り前のコミュニケーションを取っておきたかった。予期せず早めに皇子宮に入ることになった私は、ちゃんとした挨拶もできないまま今日に至ったから。
殿下の待つ大聖堂から、オルガンの音が聞こえてくる。
いよいよ時がきたみたい。
——入り口から途中まではお兄様と、その先はお父様と、そして最後は殿下にバトンタッチしてもらって。こうして大切な人たちと歩く祭壇までの道のりは、私の一生の宝になるだろう。
——二度目の人生、ここで一つ区切りを迎えるのだろう。
「殿下、私の大切な娘ですから。必ず、絶対に!幸せにしなければなりませんよ。……どうか宜しくお願い致します」
「お任せください、公爵(……いつにも増して圧が強いな……)。行こうかティナ」
——では、これより ルヴェルディ帝国皇太子アルフォンス・トレヴィ・ルヴェルディ殿下と皇太子妃クリスティナ殿下の婚礼の儀を執り行います——
祭壇の前に立つと、大司教様の始まりの言葉に強い緊張を感じた。
私にしては珍しく?ブルッと身震いに襲われて、あぁ緊張してるんだなって。
そして長い長い大司教様からの祝福の言葉が授けられる。
厳粛な雰囲気の中、聖書の言葉を引用しながら、結婚という神聖な誓いが持つ意味、そして夫婦の在り方を私たち二人に語りかけるのだ。
なのに一度目は、緊張するどころか——心の中で「とっとと終わらせなさいよ!」と畏れ多くも毒づいていたっけ。
私たち二人の道しるべになろうとしてくださっているだけなのに。
——ようやく祝福も終わると次は、結婚指輪の交換。
ここルヴェルディ帝国では、結婚指輪の始まりについて伝わる定説があって。それは「左の薬指と心臓が1本の血管で繋がっている」と信じた古の民が結婚の際に、互いの薬指に誓いの印を付けた——というものだ。
今は結婚指輪という存在が生まれ、それを左手の薬指にはめることで二人の心を繋ぐ印となっている。
特に皇族の結婚指輪は少し特殊。一つで二つの役割を果たすよう作られている。表は互いの瞳色の宝石をあしらい結婚指輪として、裏は互いのシンボルを刻み『秘密の鍵』として使えるようになっているのだ。
指輪の腕と石座を繋ぐ部分が回転するように作られているから、鍵が必要な日が来てしまったらグリンと回転させれば良いだけなのだけれど。——他の国では見たことがないわね。
言うまでもなく、指輪の交換も二度目。
一度目の夫アレクシス殿下を幸せにできなかったぶん、アルフォンス殿下には特別な愛情を持ち続けたくて。
互いに指輪をはめた後は手を繋いで『誓いの言葉』を述べることにさせてもらった。——なんだろう……逆に私がすっごく幸せだ。
私たちが誓いの言葉を述べる間、まだ幼いマリシスが赤ちゃん語でお話を始めてしまって。永遠の愛と忠誠を誓う神聖な場面なんだけれど、笑いが起こったり拍手が起きたりで愉快な感じに。式の間の抱っこを頼んであった皇帝・皇后両陛下は人生初のてんやわんやを味わったそうだ。——それもまた一興。
式も終盤に差し掛かり宣誓書にサインをする頃、チラチラとこちらを見る殿下の視線に気付いた。そうそう、マリシス坊やの騒ぎで、大司教様が史上初のミスを——。誓いのキスを飛ばしてしまったのだ。
実のところ、これが私たちのファーストキス。
殿下はこれを一番楽しみにしていたものだから、すごい執着で。
大司教様の合図が終わるや否や、とっても深い口付けをいただきました。
一度目とは違って間違いなく神の温かい加護を感じたし、確かに夫婦として一歩を踏み出すことができたと実感している。
式を終えて大聖堂を出ると、また馬車に乗って皇宮までの道をパレード。皇宮魔術師たちのフラワーシャワーは色とりどりで、キラキラと輝きながら舞い降りてくる。沿道の人々が花びらを求めて空に手をかざす姿は、まるで夢の世界だ。
そして数メートルごとに立つ皇宮魔術師たちの姿を見て、私は自然と涙を流していた。一度目で酷い目に合わせた彼らもいるのね。
「披露宴も楽しみにしてるわ!素敵な演出をよろしくね」
彼らの笑顔と向き合いながら、過去の自分とも向き合った。二度目は、あなたたちを迫害したり処刑したりなど絶対にしない。
——皇太子妃になった私の未来、そこに居てもらうべき人々は既に決まっているのかもしれない。