元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜

帝王学のススメ

 ウィルフレッド・トレヴィ・ルヴェルディ
 それが皇帝陛下から賜った、私たちの息子の名。
 愛称はウィル。

 愛くるしい容姿は、まるで天使。
 早くも使用人たちのアイドル殿下となっているのは親の贔屓目だろうか? 
 いや、そんなことはない——はず。

 だって——アイドル化の理由は偏に、その容姿だろうから。
 実はこの子、誕生の時からジャンボサイズで。
 ルヴェルディ家初のポッチャリさんだ。

 使用人たちからすれば——まぁるくて焼き立てパンみたいなおてて(大きめ)、ムチムチで大人びた足(大きめ)、そんなもん皇族に仕えるようになってこの方、一度たりともお目にかかったことないだろうからね。
 だからどんな殿下よりも可愛く見える、そういうわけだろう——。

 なによりムチっとしてハリのあるもち肌は、私たち夫婦のことも癒してくれる。可愛いうえに有難い存在だ。


 ——そしてもう一人の息子、マリシスは間もなく5歳を迎える。

 ウィルが生まれてからというもの、剣の稽古を頑張って、なんとか兄の威厳を保とうとしているとか。彼は現在のところ、絶賛!後継者教育真っ只中だから。

 私とアル(アルフォンス皇太子殿下)は検討を重ねた末、マリシスを学校には通わせず宮殿で学ばせることにした。

 後継者教育というのは、いわゆる『帝王学』のことで、特別な立場にある者が立場に相応しい能力を身に着けるために学ぶ全人格的な教育のことだ。
 特定の学問を指しているわけではないから、様々な領域における知識や経験はもちろんのこと、その範囲は振る舞いなどにも及んで——。学ぶ範囲が海原の如く広い。

 だから伸び伸びと過ごす時間を諦めさせたくなかった。
 親に甘える時間、親から愛されていると実感する時間を与えてやりたかったのだ。

 これにはアルの意見が大きく影響している。
 アルは生まれた時から『皇帝になるための』人生を歩んでいたわけではない。第一皇子アレクシス殿下が皇位継承権を放棄してから初めて次期皇帝として立太子が決まった遅咲きの人。そのぶん、帝王学が開始されたのも通常より遅い年齢になってからだった。

 本人曰く『尋常じゃない』くらい苦労したそうで——。
 マリシスには少しでもたくさんのオアシスを用意してやりたいそうだ。

 宮殿で学ばせると決めてからは、家庭教師の選定にも心血を注いだ。
 候補に上がった幾人かを詳しく知るにつれ、他にも候補者がひとり急浮上した。それはオウルード夫人、私の妃教育も立派に務め上げてくださった家庭教師である。
 
 彼女のことは一度目の人生で脅したりもしたけれど、二度目の今は本当に良好な関係で(18話)。今では日頃の教育についてアドバイスを受けることも珍しくないくらい。

 そのオウルード夫人からの提案で、マリシスは今、宮殿内のいろいろな仕事を体験したりもしている。——今日は菓子職人だった。
 日課にしている家族のティータイムに、その成果物を意気揚々と持参している姿は愛おしすぎて胸が壊れそう。
 
「ご機嫌よう、父上」
「ああ、オウルード夫人が挨拶が美しくなったと褒めていたぞ」

 アルはマリシスに会う時、必ず褒めることから始める。
 時には肩に手を当て、時には大きな手で頭を撫でてあげながら。

 いつもその瞬間に立ち会う前世悪女の私は、心のメモを開かずにはいられない。なぜって——私には思いつかないような清らかな言葉が並ぶから。

「今日は厨房の菓子職人にクッキーの作り方を習いました」
「そうか、それで今日はクッキーがたくさんあるんだな」
「はい、食べてみてください」
「うん、美味しいよ。良くできてる。そういえば、お前が3歳の頃、ティナが初めてクッキーを作って失敗したことがあってな」

 そう言うと、おかしそうに笑う。
 想像してもいなかった悪質な話題に言葉を失っていると、マリシスが慰めてくれた。

「母上だいじょうぶです。今度僕が教えて差し上げますから」
「そうね、楽しみにしているわ(……いや、もう作りたくない)」

 あの時は環境が変わって元気のなかったマリシスのために頑張ったのだけれど、根本的に料理が不得手な私は、カチンカチンで大人の歯ですら負かしそうな凶悪な一品を作り上げたの。だから思い出などとは言えない、黒歴史に一頁加えただけのような——そんな出来事だった。

「マリシス殿下、ご就寝の時間でございます」
「え、もう?」
「名残惜しいみたいね……」
「だって、まだ一緒にいたいのに」
「また明日も会えるんだから、今日はもう休みなさい」
「はい、おやすみなさい。父上母上」

 一度目の人生、私は夕食後の時間をもっと無駄に過ごしていた。
 翌日のために用意されたドレスにケチをつけて使用人をいじめたり、そうそう——今しがたデザートを食べたばかりだというのに、遠方でしか手に入らない果物を取ってくるよう無理強いしたりしていたわね。しかもたしか——5時間もかけて用意してもらったのに、その果物をテーブルから叩き落として。

 あぁこれ以上、思い出したくもない。
 本当に○ズだったわ——怖いくらいに。

 あの使用人が誰か探し出して、二度目の今、何か恩返ししないと——。



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