元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜
一度目とは違うアンナ
——『アンナ……』
心のなかに、自分の声が響くのを聞いた。
「……っア……あの、お子さんと広場でぶつかってしまって。新しいジュースを買ってあげたのだけれど、まだ動揺しているようだったから……。念のため送り届けさせてもらったわ」
「それは、申し訳ございません。お召し物もこんなに汚してしまって……。このとおり私は仕立て屋ですから、ぜひ新しいドレスを作らせていただけませんか? お詫びとお礼の気持ちを込めて」
そう言うとアンナは胸に手を当てて、頭を垂れた。
彼女が指し示した看板には、シンプルに『仕立て屋』と書かれている。
それにしても、なぜ——彼女はここで仕立て屋をしているのだろう。
そしてこの子——いったい誰の子?
「どうぞお入りください」
「では、お邪魔しますわね。私の息子と連れもよろしいかしら?」
「もちろんですわ」
マリシスと私、オウルード婦人が中に入って。
護衛騎士たちは家を囲み、ぐるりと等間隔に並んで守っている。
「ところで、貴女と息子さんのお名前は?」
「私はアンナ、息子はアンドレですわ」
「ではマリシス、アンドレとお話ししていてちょうだい」
——やっぱり、一度目で女官を務めてくれたアンナだった。
そうして着ていたドレスを脱いで、サイズを測ってもらう。
生地の色を決めようとした時、私はふと考えた。
似合う色で作ってもらいたいし、彼女はアンナで間違いなかった、それなら私の正体を隠さなくても良いのではないか。
「夫人……?」オウルード夫人に魔道具を外すそぶりを見せてみる。
もちろんギョッとした様子を見せはしたけれど、実のところ彼女はアンナのことを知っていて。私たちに害をなす人間ではないと分かっているのだ。
夫人は少し頷くようにして「お気に召すまま……」と呟いた。
城を出る前から身につけていた魔道具をはずすと、みるみる間に私の容姿は巷の有名人『皇太子妃クリスティナ』に戻った。銀色の髪とエメラルドグリーンの瞳をもつ私に——。
瞳の色を変えるペンダントの石は琥珀、装着すれば瞳の色を琥珀色に変えてくれる。本当にこれは便利で、髪色も自動的に変えてくれる設計だ。
もちろん石に合う髪色に変わるから、今回の私は金髪——。
「アンナさん、少し驚くかもしれないけれど」
「まぁ……妃殿下!」
そう言うとアンナは地面にひれ伏そうとした。
これには私も慌ててしまって。
「ちょっ……ちょっと、ダメよ。そんな必要ないわ」
「この度は息子が申し訳ございません、どうかお許しください」
どんなに優しい言葉をかけても彼女は怯える——。
そう知った私は、これまで彼女がどうやって生きたのか、本人の口から聞いてみたいと思った。
「アンナさんは、ずっとここで仕立て屋をしているの?」
「……いえ、まだ一年ほどでしょうか」
「それまでは、どちらに?」
「首都にはおりましたが、実家に住んでおりまして」
「……そう」
サイズを測って、鏡越しに目が合うと互いに微笑んで。
二度目の今、今日が初対面なわけだけれど——。
贖罪の気持ちは既に、この胸にある。
「仕立ての勉強も首都で?」
「ええ、5年ほど前に師匠と出会って……今はもう彼女は亡くなったんですけれど。……残されたこの家を受け継いで改装したんです。それで息子を連れて移り住みました」
「……アンドレは、あなたにそっくりね。髪の色も瞳の色も」
「ええ、そうなんです。夫の色はいっさい受け継ぎませんでしたわ」
そう言うと、アンナは苦しそうに笑った。
彼女は元来、真面目な気質だ。
おかしなことがあったなら、それは『夫』と呼ばれる人間の方だろう。
「ご主人もこちらに?」
「……いえ、恥ずかしながら離縁いたしまして……私が家を出ました」
「まぁ……それは大変ね。これまでもアンドレと二人で大変だったでしょう?」
「そんなことありませんわ。私はアンドレを健康に産むことができただけで、全てが報われた気持ちなんですもの」
最後の言葉を聞いて、私は胸を撫で下ろした。
それでもまだ、これからのことを諦める気はない。
ドレスが仕上がるのを待って、それから事を進めるんだから——。
それまでに、私も準備をしないと。
「妃殿下は、ずいぶんと美しいお姿で。惚れ惚れいたしますわ」
「あら、そんなこと言ってくださるの貴女だけよ」
「このようにお胸が豊かでありながら、腰がほっそりとされていて……仕立て屋冥利に尽きるというものです」
——こうしてサイズを測り終えたのだけれど、そこで私はまた驚かされた。
デザインまでアンナがすると言うのだ。
ここルヴェルディ帝国では、ほとんどの場合、デザインと仕立ては別の人間が行う。今でこそ学び舎を共にしているが、もともとそれぞれに職人がいて。いわゆる完全分業だったはずなのだが。
「デザインまでできるなんて、本当に意外だわ」
「ふふふ、そうなんですよ。実は師匠の息子さんが服飾学校にいらして、こっそりと教えていただいたんです」
私は『なるほど』と言いながらも、このやる気に満ちた女性の意外性に触れ、ますます惚れてしまいそうになった。
デザイン画は数日後に、城に届けてくれると言う。
まずはそれを楽しみに待つとしよう——。
心のなかに、自分の声が響くのを聞いた。
「……っア……あの、お子さんと広場でぶつかってしまって。新しいジュースを買ってあげたのだけれど、まだ動揺しているようだったから……。念のため送り届けさせてもらったわ」
「それは、申し訳ございません。お召し物もこんなに汚してしまって……。このとおり私は仕立て屋ですから、ぜひ新しいドレスを作らせていただけませんか? お詫びとお礼の気持ちを込めて」
そう言うとアンナは胸に手を当てて、頭を垂れた。
彼女が指し示した看板には、シンプルに『仕立て屋』と書かれている。
それにしても、なぜ——彼女はここで仕立て屋をしているのだろう。
そしてこの子——いったい誰の子?
「どうぞお入りください」
「では、お邪魔しますわね。私の息子と連れもよろしいかしら?」
「もちろんですわ」
マリシスと私、オウルード婦人が中に入って。
護衛騎士たちは家を囲み、ぐるりと等間隔に並んで守っている。
「ところで、貴女と息子さんのお名前は?」
「私はアンナ、息子はアンドレですわ」
「ではマリシス、アンドレとお話ししていてちょうだい」
——やっぱり、一度目で女官を務めてくれたアンナだった。
そうして着ていたドレスを脱いで、サイズを測ってもらう。
生地の色を決めようとした時、私はふと考えた。
似合う色で作ってもらいたいし、彼女はアンナで間違いなかった、それなら私の正体を隠さなくても良いのではないか。
「夫人……?」オウルード夫人に魔道具を外すそぶりを見せてみる。
もちろんギョッとした様子を見せはしたけれど、実のところ彼女はアンナのことを知っていて。私たちに害をなす人間ではないと分かっているのだ。
夫人は少し頷くようにして「お気に召すまま……」と呟いた。
城を出る前から身につけていた魔道具をはずすと、みるみる間に私の容姿は巷の有名人『皇太子妃クリスティナ』に戻った。銀色の髪とエメラルドグリーンの瞳をもつ私に——。
瞳の色を変えるペンダントの石は琥珀、装着すれば瞳の色を琥珀色に変えてくれる。本当にこれは便利で、髪色も自動的に変えてくれる設計だ。
もちろん石に合う髪色に変わるから、今回の私は金髪——。
「アンナさん、少し驚くかもしれないけれど」
「まぁ……妃殿下!」
そう言うとアンナは地面にひれ伏そうとした。
これには私も慌ててしまって。
「ちょっ……ちょっと、ダメよ。そんな必要ないわ」
「この度は息子が申し訳ございません、どうかお許しください」
どんなに優しい言葉をかけても彼女は怯える——。
そう知った私は、これまで彼女がどうやって生きたのか、本人の口から聞いてみたいと思った。
「アンナさんは、ずっとここで仕立て屋をしているの?」
「……いえ、まだ一年ほどでしょうか」
「それまでは、どちらに?」
「首都にはおりましたが、実家に住んでおりまして」
「……そう」
サイズを測って、鏡越しに目が合うと互いに微笑んで。
二度目の今、今日が初対面なわけだけれど——。
贖罪の気持ちは既に、この胸にある。
「仕立ての勉強も首都で?」
「ええ、5年ほど前に師匠と出会って……今はもう彼女は亡くなったんですけれど。……残されたこの家を受け継いで改装したんです。それで息子を連れて移り住みました」
「……アンドレは、あなたにそっくりね。髪の色も瞳の色も」
「ええ、そうなんです。夫の色はいっさい受け継ぎませんでしたわ」
そう言うと、アンナは苦しそうに笑った。
彼女は元来、真面目な気質だ。
おかしなことがあったなら、それは『夫』と呼ばれる人間の方だろう。
「ご主人もこちらに?」
「……いえ、恥ずかしながら離縁いたしまして……私が家を出ました」
「まぁ……それは大変ね。これまでもアンドレと二人で大変だったでしょう?」
「そんなことありませんわ。私はアンドレを健康に産むことができただけで、全てが報われた気持ちなんですもの」
最後の言葉を聞いて、私は胸を撫で下ろした。
それでもまだ、これからのことを諦める気はない。
ドレスが仕上がるのを待って、それから事を進めるんだから——。
それまでに、私も準備をしないと。
「妃殿下は、ずいぶんと美しいお姿で。惚れ惚れいたしますわ」
「あら、そんなこと言ってくださるの貴女だけよ」
「このようにお胸が豊かでありながら、腰がほっそりとされていて……仕立て屋冥利に尽きるというものです」
——こうしてサイズを測り終えたのだけれど、そこで私はまた驚かされた。
デザインまでアンナがすると言うのだ。
ここルヴェルディ帝国では、ほとんどの場合、デザインと仕立ては別の人間が行う。今でこそ学び舎を共にしているが、もともとそれぞれに職人がいて。いわゆる完全分業だったはずなのだが。
「デザインまでできるなんて、本当に意外だわ」
「ふふふ、そうなんですよ。実は師匠の息子さんが服飾学校にいらして、こっそりと教えていただいたんです」
私は『なるほど』と言いながらも、このやる気に満ちた女性の意外性に触れ、ますます惚れてしまいそうになった。
デザイン画は数日後に、城に届けてくれると言う。
まずはそれを楽しみに待つとしよう——。