元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜
第一皇子マリシスの傲慢
——「マリシス殿下、また傲慢になられたな……」
——「いい加減にしてくれよ、なんかあったら俺たちの責任だろ?」
時は流れ、マリシス10歳、ウィルフレッド5歳を迎えた。
そしてこの年は、私たち夫婦にも大きな変化が訪れた年で。
アルの皇位継承と、私の二度目の懐妊である。
「ティナ、ありがとう。周りの声が負担だったろう?」
「そんなことないわ、アル。聞こえないふりが私の得意技じゃない?」
口よりも先に身体が動く人だから、言葉よりも先に抱きしめてくれる。
そうして今ではこうやって、笑い話にもできるのだけれど。
二度目の懐妊までに時間がかかったことは、小さからぬ波紋を呼んだのだ。
大臣たちは「次はまだか次はまだか」と言い続け、「うちの娘を妃にすればよかったのに」などと言う貴族まで現れる始末。
息子を一人産んだくらいでは許さない、そう言われているようで。
皇太子妃という立場の辛さが身に染みた。
だから、アルが心配しても当然。
そうとも言える5年間を過ごしたように思う——。
そうして何かボタンの掛け違いがあったのかしら。
マリシスが成長と共に、別の顔を見せるようになった。
とても傲慢で残酷な一面を——。
ある日こんなことがあった。
「そこ!!貴様……その腕切り落としてやろうか」
とある侯爵令嬢に向けられた刃は躊躇うことなく振り下ろされ、アルの近衛兵が止めに入らなければ危ないところであった——そう報告を受けた時には、血の気が引いてしまって。久方ぶりに脚の震えが止まらず、私は本当に久方ぶりに倒れた。
後に見舞いに訪れたマリシスは、全く悪びれた様子もなく——。
私に心配をかけたことだけを詫びた。
これにはアルも頭を抱えていたわね。
「マリシス、あなたが詫びるべきは私ではないわ」
そう言うしかなくて。
随分と肝を冷やす結果になったことは、きっと一生忘れないだろう。
この件はアルが任せろというので、多く言葉をかけることも叶わなかったから。
◇
少し暖かくなった頃、ようやく私は体調の安定を取り戻した。
ここルヴェルディ帝国でも勿論、皇族の出産は特別で。
私の懐妊を世間に知らせるタイミングも決められている。
妊娠3ヶ月を迎え胎児が動くようになってから、その近くに制定されている祝日に合わせて、一般に発表されるのだ。
そしてそれと同時期に、生まれてくる子どものための準備も始まる。
私の実家に知らせるタイミングも、決まりでは世間一般と同じ。
だから、アルの気遣いでウィルの時も今回も早めに知らせているのは、ここだけの話——内緒ね。
宰相を経由して手紙で、というところも、いつか変えられたらいいな。
やっぱり自分で知らせたいじゃない?
「母上、こちらを。ご出産を迎えられるまで身につけてください」
「ずいぶんと美しい石ね。ありがとう」
懐妊の公表が行われたその日、マリシスが小さな箱を持ってやってきた。
箱の中には、親指の先ほどの小さな赤い石が入っている。
「なにか特別な石なのね?」
「はい……今でも母上を貶して引き摺り下ろそうとするクズが、平気で城にやってきます。万が一の時には、この石に守らせるよう神聖力を入れてきました」
「マリシス、あなた……この前のことと関係があるのかしら?リスト侯爵の令嬢に……あなたが」
「ご心配なく、母上。私が守りますから」
マリシスが、その緑の瞳を私に向けた時、私はこう思った。
『あれ——? なんだろう、何か思い出しそうな気がする——』
結局ひっかかってしまって、なにも思い出せなかったけれど。
この時に私は、一度目の人生から持ってきた記憶——思い出すべき記憶があるのだと確信した。
そうして気付くと、その直感に引っ張られるように、私はこう言っていた。
「マリシス、騎士学校に行きなさい。期間や詳しいことは父上に相談しておくから。いいわね?」
「……わかりました。母上の仰せのままに」
◇
身重の私が騎士学校に到着すると、校長が恭しく出迎えた。
話が大ごとになるので、アルは城に置いてきている。
「帝国の月、皇后陛下にご挨拶申し上げます。そしてご懐妊、誠におめでとう存じます」
「ありがとう。今日は忙しいのに申し訳ないわね」
「応接室に待たせております」
私は今日、前世で将来を潰してしまった少女に会いに来た。
帝国西部の剣術大会で並み居る猛者を凌ぎ、優勝した少女—— ダリア・グリーンレイズ(10歳)だ。
剣術大会の褒美は『望むものを一つ』
よほど常軌を逸した希望でなければ聞き入れられることになっていて。
今年は皇太子のアルが出向いたことを、私も知っていた。
そうしてそのダリアが希望したのは『帝国騎士団への入団』だったのだ。
帝国騎士団とは——、
名だたる家門の後継者が集まる帝立剣術学校、そこで学ぶ者のなかでも特に成績が優秀だった者たちだけが入団を許される騎士団のことで、まさに騎士のエリート集団だ。
ちなみに彼女の希望が叶えば、初の女性団員となる。
ということで、その第一段階として必要な資格を得るため、彼女はまずここ——帝立剣術学校に入学させられたというわけだ。
ダリアは、ど田舎の男爵家の出身。
子供の頃から父親に『嗜み』の一つとして剣術を仕込まれたというのだから、筋金入りの剣術エリートであることは間違いない。
その生い立ちからして、私は興味を持たずにいられなかった。
——会うのが楽しみね。
私が一度目に潰してしまった貴女の人生、二度目の今回は、大輪の花を咲かせてあげましょう。
——「いい加減にしてくれよ、なんかあったら俺たちの責任だろ?」
時は流れ、マリシス10歳、ウィルフレッド5歳を迎えた。
そしてこの年は、私たち夫婦にも大きな変化が訪れた年で。
アルの皇位継承と、私の二度目の懐妊である。
「ティナ、ありがとう。周りの声が負担だったろう?」
「そんなことないわ、アル。聞こえないふりが私の得意技じゃない?」
口よりも先に身体が動く人だから、言葉よりも先に抱きしめてくれる。
そうして今ではこうやって、笑い話にもできるのだけれど。
二度目の懐妊までに時間がかかったことは、小さからぬ波紋を呼んだのだ。
大臣たちは「次はまだか次はまだか」と言い続け、「うちの娘を妃にすればよかったのに」などと言う貴族まで現れる始末。
息子を一人産んだくらいでは許さない、そう言われているようで。
皇太子妃という立場の辛さが身に染みた。
だから、アルが心配しても当然。
そうとも言える5年間を過ごしたように思う——。
そうして何かボタンの掛け違いがあったのかしら。
マリシスが成長と共に、別の顔を見せるようになった。
とても傲慢で残酷な一面を——。
ある日こんなことがあった。
「そこ!!貴様……その腕切り落としてやろうか」
とある侯爵令嬢に向けられた刃は躊躇うことなく振り下ろされ、アルの近衛兵が止めに入らなければ危ないところであった——そう報告を受けた時には、血の気が引いてしまって。久方ぶりに脚の震えが止まらず、私は本当に久方ぶりに倒れた。
後に見舞いに訪れたマリシスは、全く悪びれた様子もなく——。
私に心配をかけたことだけを詫びた。
これにはアルも頭を抱えていたわね。
「マリシス、あなたが詫びるべきは私ではないわ」
そう言うしかなくて。
随分と肝を冷やす結果になったことは、きっと一生忘れないだろう。
この件はアルが任せろというので、多く言葉をかけることも叶わなかったから。
◇
少し暖かくなった頃、ようやく私は体調の安定を取り戻した。
ここルヴェルディ帝国でも勿論、皇族の出産は特別で。
私の懐妊を世間に知らせるタイミングも決められている。
妊娠3ヶ月を迎え胎児が動くようになってから、その近くに制定されている祝日に合わせて、一般に発表されるのだ。
そしてそれと同時期に、生まれてくる子どものための準備も始まる。
私の実家に知らせるタイミングも、決まりでは世間一般と同じ。
だから、アルの気遣いでウィルの時も今回も早めに知らせているのは、ここだけの話——内緒ね。
宰相を経由して手紙で、というところも、いつか変えられたらいいな。
やっぱり自分で知らせたいじゃない?
「母上、こちらを。ご出産を迎えられるまで身につけてください」
「ずいぶんと美しい石ね。ありがとう」
懐妊の公表が行われたその日、マリシスが小さな箱を持ってやってきた。
箱の中には、親指の先ほどの小さな赤い石が入っている。
「なにか特別な石なのね?」
「はい……今でも母上を貶して引き摺り下ろそうとするクズが、平気で城にやってきます。万が一の時には、この石に守らせるよう神聖力を入れてきました」
「マリシス、あなた……この前のことと関係があるのかしら?リスト侯爵の令嬢に……あなたが」
「ご心配なく、母上。私が守りますから」
マリシスが、その緑の瞳を私に向けた時、私はこう思った。
『あれ——? なんだろう、何か思い出しそうな気がする——』
結局ひっかかってしまって、なにも思い出せなかったけれど。
この時に私は、一度目の人生から持ってきた記憶——思い出すべき記憶があるのだと確信した。
そうして気付くと、その直感に引っ張られるように、私はこう言っていた。
「マリシス、騎士学校に行きなさい。期間や詳しいことは父上に相談しておくから。いいわね?」
「……わかりました。母上の仰せのままに」
◇
身重の私が騎士学校に到着すると、校長が恭しく出迎えた。
話が大ごとになるので、アルは城に置いてきている。
「帝国の月、皇后陛下にご挨拶申し上げます。そしてご懐妊、誠におめでとう存じます」
「ありがとう。今日は忙しいのに申し訳ないわね」
「応接室に待たせております」
私は今日、前世で将来を潰してしまった少女に会いに来た。
帝国西部の剣術大会で並み居る猛者を凌ぎ、優勝した少女—— ダリア・グリーンレイズ(10歳)だ。
剣術大会の褒美は『望むものを一つ』
よほど常軌を逸した希望でなければ聞き入れられることになっていて。
今年は皇太子のアルが出向いたことを、私も知っていた。
そうしてそのダリアが希望したのは『帝国騎士団への入団』だったのだ。
帝国騎士団とは——、
名だたる家門の後継者が集まる帝立剣術学校、そこで学ぶ者のなかでも特に成績が優秀だった者たちだけが入団を許される騎士団のことで、まさに騎士のエリート集団だ。
ちなみに彼女の希望が叶えば、初の女性団員となる。
ということで、その第一段階として必要な資格を得るため、彼女はまずここ——帝立剣術学校に入学させられたというわけだ。
ダリアは、ど田舎の男爵家の出身。
子供の頃から父親に『嗜み』の一つとして剣術を仕込まれたというのだから、筋金入りの剣術エリートであることは間違いない。
その生い立ちからして、私は興味を持たずにいられなかった。
——会うのが楽しみね。
私が一度目に潰してしまった貴女の人生、二度目の今回は、大輪の花を咲かせてあげましょう。