元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜

家族の肖像画

「陛下、どうぞこちらをお召しください」

 そう言うとアンナは、マタニティドレスの支度を始めた。
 幾度も試着を重ねたドレスが、今日この日、ようやく仕上がったのだ。

 もともと私の希望は二つだけ。
 シュミーズドレスのように楽な着心地であること。
 アルの色——金色(髪)とブルー(瞳)を使うことだった。

 そうして生まれたデザインは、エンパイアラインでくるぶし丈。
  
 胸のちょうど下——高い位置にデザインされたウエストから裾に向けて、ギャザーをたっぷりと入れてあって。白い絹のジョーゼットに紺色のシフォンを重ねたそのギャザーは、動くたびに滑らかな流線を生み出している。

 薄くて柔らかな素材を生かしたデザイン、それを見た私はとっても嬉しい気持ちになった。私らしいデザイン——そう思えたから。

「くるぶし丈なんて、斬新ね」

「裾が不揃いなのも個性的でございましょう?」

「そうね、本当だわ!……こんなの誰も着ていない」

「お肩の飾りもご覧くださいませね。花びらをイメージしてみたんですよ」

 鏡の前に立ってみると、計算し尽くされた肩飾りが目に飛び込んだ。
 柔らかな花びらを幾重にも重ねた大きな一輪の花——。

 それが顎のラインに並んで、自分で言うのもおかしな話だけれど、私の美しさを最大限に引き出すように見える。

「刺繍は胸元にしたのね。絵柄は何かしら?」

「アルフォンス陛下の金色を使うのですから、ルヴェルディ家の紋章から発想をいただきました。不死鳥の羽ですわ」

 ルヴェルディ家の紋章は、不死鳥。
 その羽をイメージした流線形の絵柄を選んで、幾重にも重ねて刺されている。
 仕上げと言うのに相応しい重厚感だ。

 アンナのセンスは神の域なんじゃないかしら。
 私はそう思って、鏡越しに目を細めて見せた。
 
 ◇
 
 マタニティドレスが仕上がった今日、私は妊娠8ヶ月目を迎えている。
 そして今回初めて、お腹の大きくなった自分の姿を肖像画に残すと決めた。

 医療体制の整った帝国でさえ、出産で命を落とす女性が多くて。
 人数で言えば、戦場で死亡する男性の数よりも多いくらいだ。
 間違いなく、出産は命がけ——。

 だから私は、自分に万が一のことが起きた場合に備えようと思っている。
 
 私にもしものことがあったら、この肖像画を見て私を思い出して欲しい。
 そんな想いを込めて、肖像画を残すことに決めたのだ。 

 そうしてアルに相談すると、すぐに画家を呼んでくれて。
 まさにこれから——というところなのだけれど。

「ティナ、今日は長丁場になるよ。終わらなかった分は明日に回すよう言ってあるから安心してね。あ、それと!!子供たちの衣装、君のドレスと揃いで作らせて良かったよ。危うく統一感を失うところだった」

 この時に私は、遅ればせながら思い知らされることになったのだ。
 夫の執着心を舐めていた——ということを。

 私一人を描いた肖像画の後、夫婦二人の肖像画、さらには家族四人の肖像画まで描かせようとしているのだから、これを『執着』と呼ばずして、なんと呼ぼうか。

 かくして私たちは、その後——魔道具の力を借りて——二日で肖像画を仕上げさせ、間もなく訪れる建国際の式典会場に、堂々と家族の肖像画を飾ることになったのである。

「両陛下にご挨拶申し上げます」

 式典会場に掲げられた肖像画。
 私たち夫婦は、せっかくだからと眺めに訪れたのだけれど——。
 落ち着いて眺める間もなく、宰相のカミーユ・ゼルバにつかまった。

 息切れしながらも彼が伝えたかったのは、謁見希望の者がいるという話。
 アルと私は顔を見合わせて、互いに大きく息を吐いた。

「謁見?……約束もなく突然にか?あまりにも非常識だろう!」
「いったい誰が求めているというの?」

 私たちは夫婦で口を揃えて。
 その声があまりにも重なったものだから、思わず笑ってしまったくらいだ。

「はい……。商業ギルドの長、セルゲイ・ターナーでございます」

「……あのセルゲイか? たしかアイツは、皇室アレルギーとやらではなかったか?」

「私もそのように認識しておりましたが、本日は皇后陛下にご相談があるとのことで……非常に感じの良い男を気取っております」

「ティナ、嫌なら断れ。私が対応してやろう」

「大丈夫ですわ、アル。おかしな空気を感じたら、自分で成敗致しますもの」

 アルは納得しなかったけれど、私は一人で謁見を受けることにした。
 商業ギルド長セルゲイ・ターナーは、前世、私の一度目の人生で重要な役割を果たした人物だから。

 セルゲイは、この帝国では珍しい魔道具専門の商人だ。
 ギルド長として君臨すること数年、今の立場は彼の父親から引き継いだものである。

 一度目の私は、息子のマリシスとセルゲイに深い関係があることを知っていた。マリシスが魔法や魔道具に並々ならぬ関心を抱いていることも。

 マリシスと私は、少し似ているところがあって。互いに皇宮から抜け出したがる人間だった。だから街でニアミスすることも珍しくなくて。

 ある日の午後、この日も街角でマリシスを見かけた。
 私は躊躇うことなく彼の後を追いかけて。
 行き着いたところがセルゲイのギルドだった、というわけだ。

 あの日のマリシスが何を求めて彼を訪ねたのか、ましてやマリシスの心の有り様など知る由もないが——。

 まぁとにかく、セルゲイとは一度話してみたいと思っていた。

 だからちょうど良いタイミングじゃない?
 二度目の私は、セルゲイ・ターナー、ギルド長である貴方を正しく評価するつもりよ。
< 31 / 39 >

この作品をシェア

pagetop