元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜

ギルド長 セルゲイ・ターナー

「皇后陛下にご挨拶申し上げます」

 謁見の間に入ると、雰囲気の良い男が待ち構えていた。
 スッと流れる縦のラインが美しい、女性なら誰しもそう感じるだろう。

 セルゲイ・ターナー。
 他でもない、皇室アレルギーで有名なギルド長である。

 短い挨拶でも親愛のこもったその声に、正直なところ私は驚いた。
 意外だなと思ってね。

 頭を垂れればサラリと額にかかるクセのない金髪、あまりにも色の薄いブルーの瞳。たしか爵位を持たぬ平民だったはずだけれど、この気品は何かしら?

 一度目の人生、いつもいつも従者が目ざとく見つけては、街にマリシスの存在があると合図で知らせてきたものだ。そうでなければ、私がマリシスに気付くことはなかったわけなのだけれど——。とにかく毎度、マリシスの行く先はセルゲイのギルドだった。
 
「ところで、本日はどのようなご用件?」

「……単刀直入に申し上げます。私と手を組みませんか?」

「……んん?」

 想定外の提案に、私はおかしな声を出してしまって。
 意外だったのだろう、彼はおかしそうに笑っている。

「陛下は今、ご自分が社交界の華だということをご存じですか?」

「え、ええ……まぁ皇后になってから茶会やパーティーを仕切ることが多くなったから、自動的に『華』に成り上がっただけよ」

 セルゲイは今度こそ吹き出して、腹を抱えて笑った。

「……大変ご無礼をいたしました。お聞きしていたとおり面白いお方だなと思いましてね。これから詳しいお話をしても?」

「いいわ。続けなさい」

「実は今、陛下が先日のパーティーで着用された……髪飾りが話題になっておりまして。覚えておいでですか?」

「ああ、あれかしら?蝶をデザインした……」

「そうです!街の女性たちは似たものを探し回っておりますが、手に入らないようで。ご存じでしたか?」

「……知らないわ。でもまずはこれを見てちょうだい。侍女がしーーーーっかりと固定してくれたのよ。だから…………」

 私はティアラのふちに手を添えてグイグイと引っ張って見せる。
 頭の角度を変えてみたり、土台として結い上げた髪を引っ張って緩めてみたり、様々な条件で引っ張って見せて。

 そうしてセルゲイに、そのビクとも動かぬ様、外そうとしても簡単に外せるものではない様を見せつけてやった。

「ほぅらね?ここまでしっかり固定するとね、崩れ知らずな代わりに……じきに頭痛がしてくるのよ。けれど公衆の面前で中座できるわけもない。ましてやその場で髪飾りを外すなんてことも……ね。それであの髪飾りを作ったの。どうしても軽いアクセサリーが欲しくて」

「ではやはり、あちらはダイヤではないのですね?」

「ええ、隣国産のガラスよ。今ちょうど首都に近い直轄領にガラス工房を作っているところだから、そうね……あと数ヶ月もすれば、帝国でも希望どおりのガラス細工が……ってあなた、その話で来たんじゃないわよね!?」

「そんな貴重なお話があるとは知らずに参りました。では数ヶ月後から、帝国産のガラスを使用した髪飾りを我々に作らせていただけませんか? 陛下のデザインで」

「それは無理ね。あのデザインは私の専属デザイナーが作ったものだから。彼女と直接契約してちょうだい。宰相!!アンナを呼んできなさい」

 宰相のカミーユ・ゼルバが呼びに行くと程なくして、アンナが私の前にやってきた。深々と頭を垂れると『陛下、お呼びでしょうか?』と不安そうに視線を上げた。

「アンナ、忙しいのに呼びつけて申し訳ないわね。こちらは商業ギルド長のセルゲイ・ターナーよ。あなたを是非とも紹介したいと思って。救貧院への寄付を募るパーティーでつけた髪飾り、あの蝶の髪飾りを取り扱いたいのですって」

「……さようでございますか」

 そう言うとアンナは、しばし考え込んだ。
 次に顔を上げた時には、明るい表情でセルゲイに向き合って、こう問うたのである。

「市井の女性が使うなら、仕様を変える必要がありますわね?」

「あのままでは無理なのですか?」

「ええ、無理ですわ。もっと軽量にもっと簡単に着用できるようにしなければなりません!」

 むしろセルゲイは『あのままが良い』と言わんばかりの不満声であったが、アンナは譲らないだろう。——いっそ、それも条件にしたらいいわ。

 かくしてセルゲイは、アンナがデザインする蝶の髪飾りを『皇后陛下の愛用品』と銘打って販売する権利を得たのである。
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