元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜
34. 史上初の双子で皇女
私のお腹に十月十日宿った命——。
昨日ようやく、二人の娘がこの世界にやってきてくれた。
——『ルヴェルディ帝国史上初、双子の皇女誕生は災いの前触れか?』
そんなくだらない迷信に踊らされた大衆紙の見出し。
おとなしく祝っていれば良いものを——。
不届き者には心で舌打ちを。
こんな時、一度目の私ならすぐさま『関わった者すべてに極刑を!』と指示したことだろう。だがしかし二度目の私は、怒りを上回る幸福感に包まれていて。
この二人のどちらも、決して『影』や『代わり』になどしない。
どんなことがあろうと彼女たちの幸せを一番に考える、そう誓うだけだった。
——人というのは、変われば変わるものだろう?
実はここルヴェルディ帝国の血は、徹底した男系で。
正妃が産もうが側室が産もうが、なぜか生まれてくる子は全て男だった。
——だからそもそも、皇女の誕生じたいが初めて。
思い返せば一度目の私は、子どもについての『初めて』——夫の初めての子、皇帝陛下の初めての孫、全ての『初めて』を側室に奪われた。そのことが怒りと苦しみの一端を担い、消せない炎となって心に燻り続けたのだった。
ずいぶんと気の毒な女だったな。
我がことながら、心からそう思っている。
けれども今世、二度目の私は、夫が異なるから当然とも言えるが——。
有難いことに、子どもについての『初めて』を既に四つも手にしている。
一つ、夫の初めての子を出産
二つ、ルヴェルディ家初のぽっちゃりを出産(第二皇子ウィルフレッド)
三つ、ルヴェルディ家初の皇女を出産
四つ、ルヴェルディ家初の双子を出産
おかしな話だな——。
それなのに今、私には一つの大きな悩みができてしまったのだから。
それは皇女として生まれた彼女たちの将来についてだ。
どの大陸においても、国同士による政略的な婚姻が普通とされていて。
皇族や王族に生まれた少女たちの運命は、ほとんど初めから決められている。
一定の教育を終えると時間をおかず、成人前であっても他国へ嫁がされてしまうのだ。—— 後継者を産むために。
もちろん我が娘たちについても例外ではなく。
そしてこれは、私の意志だけで阻止できるものではない。
——意外と役に立たないものなんだな、悪役ってものは。
元悪役らしく暴れてみるも一興だが、それはもう少し後に考えればいい。
まだ生まれて一日しか経たない我が娘たち。
その二人の寝顔を見ながら私は、途方もない不安に襲われた。
ちょうど5年前に迎えた専属仕立て師のアンナとその息子アンドレ(エル)。
彼らもそれぞれに頑張っていて。
アンナは仕立て師業の傍ら、商業ギルドと契約して知名度を上げつつあるし、息子のエルも毒草研究で頭角を表しそうな雰囲気を漂わせている。
——毒草をテラスいっぱいに繁らせた時には、謀反の一種かと思ったが。
また未来の女性騎士ダリア。
彼女は剣術学校で男子生徒に勝る成長を見せた。
最近では我が家の一番星、第一皇子マリシスの好敵手として鍛錬に余念がない。
——この二人には恋仲を期待したのだが『互いに預けるは“背中”のみ』ということになりそうだ。
こうして少しずつ回収してきた伏線が、ようやく輝き始めたというのに。
まさか自分の事情で悩みを抱えることになろうとは——。
◇
「ティナ、おはよう。よく眠れなかったみたいだね」
「ふふふ、気付いていらしたのね」
「愛する妻が自分の隣でどんな状態なのか、気付かない夫はいないと思うよ」
なんだかアルが言うと破廉恥に聞こえるのは、普段の行いのせいだろう。
我が夫は、妻に対して非常に活発な男である。
「ティナ、おいで」
両手を広げるこの誘いが、何を意味するのか。
なんとなく察しがつくからこそ、私は話を逸らすのである。
「アル……あなた相変わらずね。今朝はアンナを呼んだではありませんか」
早くも初めての娘にメロメロのアルのこと、ベビー服の追加発注を試みるに違いない。きっとそんなことだろうと、当てずっぽうに言ってみたら——。
「……あれ?……ティナに話したっけ?驚かせるつもりだったのに」
こうして当たってしまうとは!?
なんだか気の毒になってきたわね。
「ふふふ、当てずっぽうですよ」
「……君ってそういうとこあるよね」
◇
アンナが汗を拭いながらやってきたのは、それから少しして。
どうやら前の予定が押したようだ。
たしか商業ギルド長のセルゲイと面会を許してあったはずで。
「両陛下にご挨拶申し上げます……」
「もうそんな挨拶は飛ばすように言ってあるでしょう?本当にやめてほしいのよ。命に従わずして私の傍らを占めようなど、数百年早いわ」
「申し訳ございません……これからは仰せのままに」
「アンナも災難だな、するべきことをして脅されるとは……」
こんなふうに親しい人との関係を信じて、家族的に過ごす時間を二度目の私は楽しんでいて。アンナに求めているのは、そのための変化だ。
そこらの皇族、王族などと同じことをやっていたら、将来まで似たような結果になってしまう。そんなの絶対に嫌だもの。
戦の可能性、限りなくゼロ。
子どもの望まぬ犠牲、限りなくゼロ。
皇族の財産にしがみつく人生、限りなくお断り。
私はちょっと独特な皇后人生を望むようになった。
以前に目指していたものは『一度目よりも善良な二度目』だったが、今はそこから少し変わって。
——『大陸が平和なうちに平和を維持する方法を探す』
ずいぶんと大志を抱くようになったものだな。
これを成長と言って良いものか?
せっかく大陸の大帝国で、上から二番目の地位を得たのだ。
帝国民、家族の幸せと安全を願わずして何を願おう。
そのために日頃から撒き散らしてきた伏線を、まさに今、少しず回収しているところなのである。
「それでアンナ!あなたは何をそんなに焦っているの?汗までかいて」
「陛下、申し遅れました。ギルド長が承諾するとのことです!」
「よかった。これでようやく帝国の魔道具管理にもルールを作れるわね」
今はまだ、マリシスのセルゲイに対する傾倒は深まっていないはず。
ルールの制定は、こちらが主導権を握りたい。
昨日ようやく、二人の娘がこの世界にやってきてくれた。
——『ルヴェルディ帝国史上初、双子の皇女誕生は災いの前触れか?』
そんなくだらない迷信に踊らされた大衆紙の見出し。
おとなしく祝っていれば良いものを——。
不届き者には心で舌打ちを。
こんな時、一度目の私ならすぐさま『関わった者すべてに極刑を!』と指示したことだろう。だがしかし二度目の私は、怒りを上回る幸福感に包まれていて。
この二人のどちらも、決して『影』や『代わり』になどしない。
どんなことがあろうと彼女たちの幸せを一番に考える、そう誓うだけだった。
——人というのは、変われば変わるものだろう?
実はここルヴェルディ帝国の血は、徹底した男系で。
正妃が産もうが側室が産もうが、なぜか生まれてくる子は全て男だった。
——だからそもそも、皇女の誕生じたいが初めて。
思い返せば一度目の私は、子どもについての『初めて』——夫の初めての子、皇帝陛下の初めての孫、全ての『初めて』を側室に奪われた。そのことが怒りと苦しみの一端を担い、消せない炎となって心に燻り続けたのだった。
ずいぶんと気の毒な女だったな。
我がことながら、心からそう思っている。
けれども今世、二度目の私は、夫が異なるから当然とも言えるが——。
有難いことに、子どもについての『初めて』を既に四つも手にしている。
一つ、夫の初めての子を出産
二つ、ルヴェルディ家初のぽっちゃりを出産(第二皇子ウィルフレッド)
三つ、ルヴェルディ家初の皇女を出産
四つ、ルヴェルディ家初の双子を出産
おかしな話だな——。
それなのに今、私には一つの大きな悩みができてしまったのだから。
それは皇女として生まれた彼女たちの将来についてだ。
どの大陸においても、国同士による政略的な婚姻が普通とされていて。
皇族や王族に生まれた少女たちの運命は、ほとんど初めから決められている。
一定の教育を終えると時間をおかず、成人前であっても他国へ嫁がされてしまうのだ。—— 後継者を産むために。
もちろん我が娘たちについても例外ではなく。
そしてこれは、私の意志だけで阻止できるものではない。
——意外と役に立たないものなんだな、悪役ってものは。
元悪役らしく暴れてみるも一興だが、それはもう少し後に考えればいい。
まだ生まれて一日しか経たない我が娘たち。
その二人の寝顔を見ながら私は、途方もない不安に襲われた。
ちょうど5年前に迎えた専属仕立て師のアンナとその息子アンドレ(エル)。
彼らもそれぞれに頑張っていて。
アンナは仕立て師業の傍ら、商業ギルドと契約して知名度を上げつつあるし、息子のエルも毒草研究で頭角を表しそうな雰囲気を漂わせている。
——毒草をテラスいっぱいに繁らせた時には、謀反の一種かと思ったが。
また未来の女性騎士ダリア。
彼女は剣術学校で男子生徒に勝る成長を見せた。
最近では我が家の一番星、第一皇子マリシスの好敵手として鍛錬に余念がない。
——この二人には恋仲を期待したのだが『互いに預けるは“背中”のみ』ということになりそうだ。
こうして少しずつ回収してきた伏線が、ようやく輝き始めたというのに。
まさか自分の事情で悩みを抱えることになろうとは——。
◇
「ティナ、おはよう。よく眠れなかったみたいだね」
「ふふふ、気付いていらしたのね」
「愛する妻が自分の隣でどんな状態なのか、気付かない夫はいないと思うよ」
なんだかアルが言うと破廉恥に聞こえるのは、普段の行いのせいだろう。
我が夫は、妻に対して非常に活発な男である。
「ティナ、おいで」
両手を広げるこの誘いが、何を意味するのか。
なんとなく察しがつくからこそ、私は話を逸らすのである。
「アル……あなた相変わらずね。今朝はアンナを呼んだではありませんか」
早くも初めての娘にメロメロのアルのこと、ベビー服の追加発注を試みるに違いない。きっとそんなことだろうと、当てずっぽうに言ってみたら——。
「……あれ?……ティナに話したっけ?驚かせるつもりだったのに」
こうして当たってしまうとは!?
なんだか気の毒になってきたわね。
「ふふふ、当てずっぽうですよ」
「……君ってそういうとこあるよね」
◇
アンナが汗を拭いながらやってきたのは、それから少しして。
どうやら前の予定が押したようだ。
たしか商業ギルド長のセルゲイと面会を許してあったはずで。
「両陛下にご挨拶申し上げます……」
「もうそんな挨拶は飛ばすように言ってあるでしょう?本当にやめてほしいのよ。命に従わずして私の傍らを占めようなど、数百年早いわ」
「申し訳ございません……これからは仰せのままに」
「アンナも災難だな、するべきことをして脅されるとは……」
こんなふうに親しい人との関係を信じて、家族的に過ごす時間を二度目の私は楽しんでいて。アンナに求めているのは、そのための変化だ。
そこらの皇族、王族などと同じことをやっていたら、将来まで似たような結果になってしまう。そんなの絶対に嫌だもの。
戦の可能性、限りなくゼロ。
子どもの望まぬ犠牲、限りなくゼロ。
皇族の財産にしがみつく人生、限りなくお断り。
私はちょっと独特な皇后人生を望むようになった。
以前に目指していたものは『一度目よりも善良な二度目』だったが、今はそこから少し変わって。
——『大陸が平和なうちに平和を維持する方法を探す』
ずいぶんと大志を抱くようになったものだな。
これを成長と言って良いものか?
せっかく大陸の大帝国で、上から二番目の地位を得たのだ。
帝国民、家族の幸せと安全を願わずして何を願おう。
そのために日頃から撒き散らしてきた伏線を、まさに今、少しず回収しているところなのである。
「それでアンナ!あなたは何をそんなに焦っているの?汗までかいて」
「陛下、申し遅れました。ギルド長が承諾するとのことです!」
「よかった。これでようやく帝国の魔道具管理にもルールを作れるわね」
今はまだ、マリシスのセルゲイに対する傾倒は深まっていないはず。
ルールの制定は、こちらが主導権を握りたい。