元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜
35. 第二皇子ウィルフレッド
「母上!おはようございます。ご機嫌いかがでしょうか」
元気な声と共に走り寄ってきたのは、ウィルフレッド。
ウィルフレッド・トレヴィ・ルヴェルディだ。
この帝国の第二皇子であり、私の産んだ初めての子。
愛称はウィル。
今日は白いシャツの上からブルーのベストを一枚羽織っただけで。
5歳にしては小柄な身体が気になるけれど——。
これは魔力の捌き方を覚えたからこその体型で。
私にとっては、ぽっちゃりしているより安心な傾向なのだ。
それにしても、どんどんアルに似てくるわね。
髪も瞳もアルと全く同じ色で。
キラキラと皇子様らしく光る金色の髪、快晴の海を思わせる青の目。
この子ほど人に愛される容姿を持つ子は、もう生まれて来ないだろう。
「まぁ!おはよう。元気ですよ。何をそんなに抱えているの?」
悲しい話だけれど、この子は先日まで私の手元から離れて暮らしていた。
生後間も無く『魔力中毒症』と診断されて。
そのせいで体質に異常が出たことが、その理由であった。
首都でのストレスを避けさせるために、海に近く暖かい領地で5歳になるまでを過ごさせた。馬車で三日ほどもかかる領地ソレエスピアージャは、自然豊かで。使用人たちとの距離も近く、その子らと身分に関係のない付き合いを経験できたことが、心も豊かに育てたようだ。
「兄様が魔道具をたくさん買ってくださったので、これから分解して研究します!!」
このように人懐こく素直で、好奇心が旺盛な5歳になった。
そうして兄のマリシスから贈られた宝物を大切に抱え、この城へ帰ってきたのである。
「えっ!?分解っ!?!? マリシスに怒られるわよ!ミサ!!マリシスを呼んでちょうだい」
「……え!?兄様いらっしゃるのですか?」
マリシスはウィルと過ごすため、剣術学校に一週間の休暇を申し出た。
けれどそんなこととは知らないウィルにとって、これはサプライズ以外の何ものでもなく——。
完全に私の想像とは逆の反応を見せた。
小躍りするほどに大喜びして。
——完全に私の誤算じゃないの!?
「ウィルフレッド殿下、マリシス殿下が間もなくお見えになるそうですよ」
ミサがマリシスからの伝言を伝えると、ウィルは更にテンションを上げる始末。もう教育全般をマリシスに任せようかしら——。
若く体力のあるマリシスは、三週に一度という脅威的なペースでソレエスピアージャで暮らす弟の元へ通っていた。弟に魔力が多いと知った時からマリシスは、魔道具の開発をウィルの天賦の才と想定したのだ。
足を運ぶたび、首都で使われている魔道具やら城の地下に眠っていた魔導書やらをウィルの元へ運び続けたのである。
「ウィル、分解はよしなさいね。商業ギルド長のセルゲイを先生に迎えるから、それまでは勝手なことをしないように!」
ウィルの帰城がこの時期になったのは、肖像画を描く前に呼び戻したかったから。現皇帝でありウィルの父親でもあるアルが、このタイミングしかないと強行したのだった。
新しい命が加わる時に、それを迎える家族がバラバラではいけない。
アルには、その気持ちがとっても強かったから。
「ウィル、おはよう!!駄々っ子なんだって?」
「兄様!!おはようございます。これを分解しようとしたら母上に叱られてしまって……」
「ダメだろう、それは。そもそも魔道具は、分解したからって構造が分かるものではないんだよ。魔力で仕上げられるんだから。母上、おはようございます。ご機嫌いかがですか?」
「マリシス、おはよう。私も元気よ!……ウィルの健康のために、剣術も教えてやってちょうだい。このままじゃ魔道具のことしか知らない大人になってしまうわ」
◇
ウィルは生まれた時からぽっちゃりしていたのだけれど、これは私からの遺伝だった。魔力が多い体質を遺伝によって受け継いで、結果的に私と同じ『魔力中毒症』まで発症したのだから、疑いようがない。
それを正確に知ったのは、生後一週間が経った頃。
癇癪のような病的な泣き方をしたかと思うと、ピタリと泣き止んで。
泣き止む頃には唇が青紫になっていた。
その苦しそうな様子といったら、専属侍女のミサが悲鳴をあげるほど。
そうして宮医の付き添いのもと駆け込んだ神殿で、私たちは納得の答えを得ることになったのだ。ウィルの魔力量について。
ウィルは私の魔力と同程度の魔力を持っていた。
皇位継承順位2位の皇子が、歴史に名を残す『大聖女』と同等レベルの魔力を持って生まれたのだ。
——権力争いの一翼となり得る存在
それが生後一週間の我が子に与えられた評価だった。
この時の私はといえば、前世悪女の肩書きも形無しの姿だったと思う。
震える身体と、とめどなく流れる涙。
神殿に響く自分の嗚咽は、今でも忘れられないくらい。
大切に手元で育てたかった我が子——ウィルの人生。
第二皇子ウィルフレッド・トレヴィ・ルヴェルディの人生は、その瞬間から、帝国の議会によって決められるべき『案件』になってしまった。
そう正式に突き付けられたも同然の、受け入れ難い結果だけがそこにあった——。
元気な声と共に走り寄ってきたのは、ウィルフレッド。
ウィルフレッド・トレヴィ・ルヴェルディだ。
この帝国の第二皇子であり、私の産んだ初めての子。
愛称はウィル。
今日は白いシャツの上からブルーのベストを一枚羽織っただけで。
5歳にしては小柄な身体が気になるけれど——。
これは魔力の捌き方を覚えたからこその体型で。
私にとっては、ぽっちゃりしているより安心な傾向なのだ。
それにしても、どんどんアルに似てくるわね。
髪も瞳もアルと全く同じ色で。
キラキラと皇子様らしく光る金色の髪、快晴の海を思わせる青の目。
この子ほど人に愛される容姿を持つ子は、もう生まれて来ないだろう。
「まぁ!おはよう。元気ですよ。何をそんなに抱えているの?」
悲しい話だけれど、この子は先日まで私の手元から離れて暮らしていた。
生後間も無く『魔力中毒症』と診断されて。
そのせいで体質に異常が出たことが、その理由であった。
首都でのストレスを避けさせるために、海に近く暖かい領地で5歳になるまでを過ごさせた。馬車で三日ほどもかかる領地ソレエスピアージャは、自然豊かで。使用人たちとの距離も近く、その子らと身分に関係のない付き合いを経験できたことが、心も豊かに育てたようだ。
「兄様が魔道具をたくさん買ってくださったので、これから分解して研究します!!」
このように人懐こく素直で、好奇心が旺盛な5歳になった。
そうして兄のマリシスから贈られた宝物を大切に抱え、この城へ帰ってきたのである。
「えっ!?分解っ!?!? マリシスに怒られるわよ!ミサ!!マリシスを呼んでちょうだい」
「……え!?兄様いらっしゃるのですか?」
マリシスはウィルと過ごすため、剣術学校に一週間の休暇を申し出た。
けれどそんなこととは知らないウィルにとって、これはサプライズ以外の何ものでもなく——。
完全に私の想像とは逆の反応を見せた。
小躍りするほどに大喜びして。
——完全に私の誤算じゃないの!?
「ウィルフレッド殿下、マリシス殿下が間もなくお見えになるそうですよ」
ミサがマリシスからの伝言を伝えると、ウィルは更にテンションを上げる始末。もう教育全般をマリシスに任せようかしら——。
若く体力のあるマリシスは、三週に一度という脅威的なペースでソレエスピアージャで暮らす弟の元へ通っていた。弟に魔力が多いと知った時からマリシスは、魔道具の開発をウィルの天賦の才と想定したのだ。
足を運ぶたび、首都で使われている魔道具やら城の地下に眠っていた魔導書やらをウィルの元へ運び続けたのである。
「ウィル、分解はよしなさいね。商業ギルド長のセルゲイを先生に迎えるから、それまでは勝手なことをしないように!」
ウィルの帰城がこの時期になったのは、肖像画を描く前に呼び戻したかったから。現皇帝でありウィルの父親でもあるアルが、このタイミングしかないと強行したのだった。
新しい命が加わる時に、それを迎える家族がバラバラではいけない。
アルには、その気持ちがとっても強かったから。
「ウィル、おはよう!!駄々っ子なんだって?」
「兄様!!おはようございます。これを分解しようとしたら母上に叱られてしまって……」
「ダメだろう、それは。そもそも魔道具は、分解したからって構造が分かるものではないんだよ。魔力で仕上げられるんだから。母上、おはようございます。ご機嫌いかがですか?」
「マリシス、おはよう。私も元気よ!……ウィルの健康のために、剣術も教えてやってちょうだい。このままじゃ魔道具のことしか知らない大人になってしまうわ」
◇
ウィルは生まれた時からぽっちゃりしていたのだけれど、これは私からの遺伝だった。魔力が多い体質を遺伝によって受け継いで、結果的に私と同じ『魔力中毒症』まで発症したのだから、疑いようがない。
それを正確に知ったのは、生後一週間が経った頃。
癇癪のような病的な泣き方をしたかと思うと、ピタリと泣き止んで。
泣き止む頃には唇が青紫になっていた。
その苦しそうな様子といったら、専属侍女のミサが悲鳴をあげるほど。
そうして宮医の付き添いのもと駆け込んだ神殿で、私たちは納得の答えを得ることになったのだ。ウィルの魔力量について。
ウィルは私の魔力と同程度の魔力を持っていた。
皇位継承順位2位の皇子が、歴史に名を残す『大聖女』と同等レベルの魔力を持って生まれたのだ。
——権力争いの一翼となり得る存在
それが生後一週間の我が子に与えられた評価だった。
この時の私はといえば、前世悪女の肩書きも形無しの姿だったと思う。
震える身体と、とめどなく流れる涙。
神殿に響く自分の嗚咽は、今でも忘れられないくらい。
大切に手元で育てたかった我が子——ウィルの人生。
第二皇子ウィルフレッド・トレヴィ・ルヴェルディの人生は、その瞬間から、帝国の議会によって決められるべき『案件』になってしまった。
そう正式に突き付けられたも同然の、受け入れ難い結果だけがそこにあった——。