元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜
36. アナスタシアとトリアージェ
もしもあの日と同じことになったら——。
そんな不安を抱えながら、私は朝の支度を終えた。
皇女二人のご機嫌な様子を目にしても、脳裏には一抹の不安が居座っている。
今日はいよいよ、二人を連れて神殿を訪ねる日だ。
彼女たちの内なる力を、神殿で見定めてもらうために。
「母上、お待たせしました。ご一緒することを許していただき、ありがとうございます!アナとアージェは起きていますか?」
一番に顔を出したのは、ウィルフレッドだ。
妹たちの運命の日を見届けようと、馳せ参じたわけである。
彼の妹たち——私の二人の娘は、現皇帝であるアルによって名付けられた。
先に誕生した『妹』の名は、トリアージェ。
後に誕生した『姉』の名は、アナスタシア。
ここルヴェルディ帝国では『上の者が下の者を見守り、守ること』を信念としていることから、双子の兄弟姉妹の順序においては、誕生の遅い方を『上の者』と捉える。
時刻が遅い方を『兄・姉』とするのだ。
先に生まれた子が『妹』、その誕生を見守って後に生まれ出た子が『姉』である。
出生の時刻を記す書類でもまた、先の時刻に生まれたトリアージェが『妹』、後の時刻に生まれたアナスタシアを『姉』として記載した。
そして二人の名は、アルの意向で、遥か遠くにあるドランスタ帝国の初代君主に因んで名付けることになった。大帝国を『初代』として統治した二人の女帝、姉妹であった『アナ』と『トリア』陛下から頂いたのである。
我々が知る限り、二人の君主が同時に君臨した帝国は他にないだろう。
しかも姉妹で——。
だからこそ、アルはこの二人の名に因むことを決めたそうだ。
もちろん、ドランスタ帝国の了承を得て。
ドランスタ帝国は現存する帝国で、アナトリア大陸の覇権を握る大帝国。
そのアナトリア大陸は遥か遠く、海の向こうにあって。
その一番遠いところ、私たちから一番遠い最北端に位置している。
また、ドランスタ家は大陸を一番初めに治めた一族で。
二人の女帝の時代から微塵の陰りも見せることなく、現在も覇権を握り続けているのだ。このことが更に、アルの心を決めさせた。
どちらも犠牲にならず並び立つことを許された皇女ふたり。
我が娘たちにも、そんな未来を——。
そう願って。
◇
私たちの暮らすルヴェルディ帝国は、魔術大国であった歴史を持つ。
今でこそ魔力を持つ者の数は減ったが、皇族だけは漏れなく授かって生まれる。そしてその魔力量は、貴族たちのそれとは比べものにならないほど膨大だ。
だから彼らは、子供の頃から適切に訓練されて——。
いずれは成長して、下手な魔術師より優れた術の使い手となる。
そんじょそこらの人間が彼等に害を為そうと試みたところで、簡単に叶うものではない。それほど優秀に成長するのだ。
まさに史実として残された記録がある。
その昔、とある国の王族がルヴェルディの皇族を攫おうとしたことがあった。
そんな彼らは、果たして——どのような末路を辿ったのか。
答えは簡単だ。
その国はもう姿を消し、王族の血筋は誰一人として残っていない。
現皇帝のアルについても同様である。
もちろん彼はいつも優秀な護衛を従えてはいるが、彼自身が護衛以上に強い。
私たちが結婚したその日、初夜の出来事がそれを物語っているではないか。
暗殺者に襲われるも未遂に終わった、あの出来事が——。
三人の暗殺者は、暗殺対象であったアルの手によって、同時に最期を迎えたのだから。
そうしてその力を受け継いだのは、アルの実子ウィルフレッド。
第一皇子マリシスの立太子まで、この子の身の安全を何としても守らねばならない。そのくらい周りが騒がしくなっていることは、無視し難い事実なのである。
◇
ちょうど日の陰りを感じる頃、夕刻のひとときのことだ。
私たちは大神官からの鑑定報告を、大きな衝撃とともに受けることになった。
「おめでとうございます、両陛下。アナスタシア殿下、トリアージェ殿下ともにウィルフレッド殿下以上の魔力を授かっておられます」
「わぁ!すごぉーい!!父上、母上、妹たちと一緒に魔道具の研究をできますね!?」
無邪気に喜ぶウィルのことは、いったん忘れよう——。
それにしてもどうしたら、こんなことが続くのだろう。
私の産んだ三人の子が全て、私を上回る魔力を授かるなんて。
当時、大神官が言ったではないか——。
私の魔力量でさえ、長年待ち侘びた力であると。
それなのに私たち家族の魔力量は、今や、逆ビラミッドを形成するに至った。
それぞれの置かれる立場の重要度とは、完全に逆のピラミッドを。
双子の皇女が最大量、次いで第二皇子ウィルフレッドと私、そうして驚くことに現皇帝のアルが最後に続くのだ。
第一皇子マリシスは、アルの異母兄である皇子アレクシスと他国から迎えた側室との間に生まれた子だ。そしてそのアレクシスもまた、他国から迎え入れた側室との間に生まれた子であったことを考えれば、マリシスの魔力量が微量であることも違和感のあることではない。
「ティナ、これで解決だな。安心したよ……」
アルがホッとした様子で、私の耳元に囁く。
一瞬にして悟ることはできなかったが、少し考えて腑に落ちた。
「……なるほど。そうですわね。もはやマリシス以外は全員、膨大な魔力持ち。となれば逆に、後継争いは魔力量ではない要素を争点にして進めることもできる。そういうことですわね?」
「ああ、そうだ。マリシスへの無駄なプレッシャーを取り除くことができるだろう?」
私たちが夫婦の会話をひそひそと終えた時だった。
マリシスが断固とした様子で言葉を発したのは——。
「父上、母上、皇太子にはウィルフレッドを据えていただけませんでしょうか」
そんな不安を抱えながら、私は朝の支度を終えた。
皇女二人のご機嫌な様子を目にしても、脳裏には一抹の不安が居座っている。
今日はいよいよ、二人を連れて神殿を訪ねる日だ。
彼女たちの内なる力を、神殿で見定めてもらうために。
「母上、お待たせしました。ご一緒することを許していただき、ありがとうございます!アナとアージェは起きていますか?」
一番に顔を出したのは、ウィルフレッドだ。
妹たちの運命の日を見届けようと、馳せ参じたわけである。
彼の妹たち——私の二人の娘は、現皇帝であるアルによって名付けられた。
先に誕生した『妹』の名は、トリアージェ。
後に誕生した『姉』の名は、アナスタシア。
ここルヴェルディ帝国では『上の者が下の者を見守り、守ること』を信念としていることから、双子の兄弟姉妹の順序においては、誕生の遅い方を『上の者』と捉える。
時刻が遅い方を『兄・姉』とするのだ。
先に生まれた子が『妹』、その誕生を見守って後に生まれ出た子が『姉』である。
出生の時刻を記す書類でもまた、先の時刻に生まれたトリアージェが『妹』、後の時刻に生まれたアナスタシアを『姉』として記載した。
そして二人の名は、アルの意向で、遥か遠くにあるドランスタ帝国の初代君主に因んで名付けることになった。大帝国を『初代』として統治した二人の女帝、姉妹であった『アナ』と『トリア』陛下から頂いたのである。
我々が知る限り、二人の君主が同時に君臨した帝国は他にないだろう。
しかも姉妹で——。
だからこそ、アルはこの二人の名に因むことを決めたそうだ。
もちろん、ドランスタ帝国の了承を得て。
ドランスタ帝国は現存する帝国で、アナトリア大陸の覇権を握る大帝国。
そのアナトリア大陸は遥か遠く、海の向こうにあって。
その一番遠いところ、私たちから一番遠い最北端に位置している。
また、ドランスタ家は大陸を一番初めに治めた一族で。
二人の女帝の時代から微塵の陰りも見せることなく、現在も覇権を握り続けているのだ。このことが更に、アルの心を決めさせた。
どちらも犠牲にならず並び立つことを許された皇女ふたり。
我が娘たちにも、そんな未来を——。
そう願って。
◇
私たちの暮らすルヴェルディ帝国は、魔術大国であった歴史を持つ。
今でこそ魔力を持つ者の数は減ったが、皇族だけは漏れなく授かって生まれる。そしてその魔力量は、貴族たちのそれとは比べものにならないほど膨大だ。
だから彼らは、子供の頃から適切に訓練されて——。
いずれは成長して、下手な魔術師より優れた術の使い手となる。
そんじょそこらの人間が彼等に害を為そうと試みたところで、簡単に叶うものではない。それほど優秀に成長するのだ。
まさに史実として残された記録がある。
その昔、とある国の王族がルヴェルディの皇族を攫おうとしたことがあった。
そんな彼らは、果たして——どのような末路を辿ったのか。
答えは簡単だ。
その国はもう姿を消し、王族の血筋は誰一人として残っていない。
現皇帝のアルについても同様である。
もちろん彼はいつも優秀な護衛を従えてはいるが、彼自身が護衛以上に強い。
私たちが結婚したその日、初夜の出来事がそれを物語っているではないか。
暗殺者に襲われるも未遂に終わった、あの出来事が——。
三人の暗殺者は、暗殺対象であったアルの手によって、同時に最期を迎えたのだから。
そうしてその力を受け継いだのは、アルの実子ウィルフレッド。
第一皇子マリシスの立太子まで、この子の身の安全を何としても守らねばならない。そのくらい周りが騒がしくなっていることは、無視し難い事実なのである。
◇
ちょうど日の陰りを感じる頃、夕刻のひとときのことだ。
私たちは大神官からの鑑定報告を、大きな衝撃とともに受けることになった。
「おめでとうございます、両陛下。アナスタシア殿下、トリアージェ殿下ともにウィルフレッド殿下以上の魔力を授かっておられます」
「わぁ!すごぉーい!!父上、母上、妹たちと一緒に魔道具の研究をできますね!?」
無邪気に喜ぶウィルのことは、いったん忘れよう——。
それにしてもどうしたら、こんなことが続くのだろう。
私の産んだ三人の子が全て、私を上回る魔力を授かるなんて。
当時、大神官が言ったではないか——。
私の魔力量でさえ、長年待ち侘びた力であると。
それなのに私たち家族の魔力量は、今や、逆ビラミッドを形成するに至った。
それぞれの置かれる立場の重要度とは、完全に逆のピラミッドを。
双子の皇女が最大量、次いで第二皇子ウィルフレッドと私、そうして驚くことに現皇帝のアルが最後に続くのだ。
第一皇子マリシスは、アルの異母兄である皇子アレクシスと他国から迎えた側室との間に生まれた子だ。そしてそのアレクシスもまた、他国から迎え入れた側室との間に生まれた子であったことを考えれば、マリシスの魔力量が微量であることも違和感のあることではない。
「ティナ、これで解決だな。安心したよ……」
アルがホッとした様子で、私の耳元に囁く。
一瞬にして悟ることはできなかったが、少し考えて腑に落ちた。
「……なるほど。そうですわね。もはやマリシス以外は全員、膨大な魔力持ち。となれば逆に、後継争いは魔力量ではない要素を争点にして進めることもできる。そういうことですわね?」
「ああ、そうだ。マリシスへの無駄なプレッシャーを取り除くことができるだろう?」
私たちが夫婦の会話をひそひそと終えた時だった。
マリシスが断固とした様子で言葉を発したのは——。
「父上、母上、皇太子にはウィルフレッドを据えていただけませんでしょうか」