元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜
38. なんで私を殺したの?
——『どうやら僕は……いえ私は、二度目の人生を生きているようなんです。このままでは私は……私は……母上のお命を……お命を奪ってしまうっ!!』
マリシスの内に蘇った記憶——。
彼が背負うことになった現実が、私の内にもぐるぐると巡っていく。
でもそれは、私の『死に戻り』とマリシスの『死に戻り』が唐突に交差して巡る、不確かとしか言いようのないバラバラとしたものでしかないけれど。
そうしてマリシスが話し終えるや否や、間髪入れずのタイミングだった。
皇帝であり父であるアルフォンスが、お得意の第六感を働かせたのは。
それはマリシスにも私にも幸なことで。
アルの第六感はまさにこれまで、当事者の助けとなることが多かったのだ。
「それでお前は……いつ頃、どうやって知ったんだ?」
「……ちょうど二日ほど前のことです。眠ろうとベッドに入ったけれど寝付けなくて。それでもなんとか、うとうととし始めた時でした。急に強い力でベッドに押し付けられたような気がしたんです」
いったん言葉に詰まったように見えたマリシスは、大きく一つ息を吐く。
そうして少し落ち着くと、先を続けた。
「それからは目を開けることも、身体を動かすこともできなくなって……。まるで誰かが、無理矢理にでも私に真実を見せようとしているかのような、そんな恐怖に襲われました。だって、目の前には私を睨み上げる母上がいて……それを抑えきれない怒りとともに見下ろす私がいたんですから。剣を持った自分の腕が、まるで言うことを聞いてくれなかった。身に覚えのない怒りと、どんどん膨れ上がる母上への恨みが抑えきれなくなって。そうしてその時は来たんです……」
「お前がティナを殺める時が来たってことだな?剣で……。それで、それだけではないだろう?もっと多くのことが、お前には知らされたはずだ」
まるで全てを知っていると言わんばかりに、アルはマリシスを促す。
話し始めに比べれば、マリシスの瞳にも安堵の色が浮かんで——。
そこには、義理とはいえ父親であるアルへの信頼もうかがえた。
「……はい。時はその場面から、どんどん以前に遡っていきました。その記憶には、いくつか曖昧な部分もあって。父上も母上も……そして私自身の立場も、まるで現実とは異なっていたんです。でもやけにリアルだった……。そしてなにより、私の本能がっ!!これは間違いなく本当に起きたことなんだ、そう知らせてきたんです……っ」
幼さの残る、まだまだ感情を平らにはしておけない表情と声。
いつもの大人びたマリシスからは、想像もできない姿。
マリシスはテーブルに両肘をついて——。
頭を抱え込むようにする姿は、表情を隠そうとしているようにも見えた。
「わかった、もう十分だ。間違いなく、お前には前世の記憶があるんだろう。そしてお前のそれは、いわゆる『死に戻り』『死に帰り』と言われる現象だ。帝国のとある文献には、こう書かれている。死に戻った人間は『復活者』と呼ばれ、何らかの理由で神や女神の祝福を授かるに至った者であると。そして彼らは必ず、次の生で、前世からの教訓をもとに偉業を成し遂げるとな」
そう言うとアルは、長すぎる脚を組み直して。
改めて仕切り直すように、今度は私に向き合った。
その目は優しくて、幼い頃から何ひとつ変わらない誠実な眼差しだ。
「ティナ、君の方がマリシスの助けになるんじゃないかな?ようやくこの日が来た、俺はそう思っているんだが……君はどうだ?」
アルは膝に置いた私の手をぎゅっと握って。
覗き込むようにして問いかける。
途端に、なぜだろう——。
私の胸にも、ホッと安堵の感覚が広がっていった。
じんわりと温かくなってゆっくりと広がっていく、そんな感覚だ。
あぁ、おそらくアルは——彼は私の『死に戻り』にも気付いているんだ。
いったいいつからなのかしら?
「そうね、アル……あなたって人は……天才なの!?」
「前にも言っただろう?隣にいる妻の状態に気付かない夫などいないって」
夫婦で顔を見合わせて、思わず私は吹き出した。
久方ぶりに、心から笑った瞬間だった。
「たしかに言ってたわね。さあ!マリシス、顔を上げなさい。恐れることはないわ。だって私も……あなたと同じ日から死に戻って来たんだから」
そしてこの時、私はこうも思ったんだ。
神様が授けてくださったのは、二度目の人生だけじゃない。
二度目を生きる私の事実、その孤独を受け止めてくれる夫——。
この宝のような存在をもまた授けてくださったんだと。
それからの私たちは、時が経つのも忘れて話し続けた。
こんなにもゆっくりとマリシスに向き合うのは、数ヶ月ぶりではないか。
「母上が戻って来られたのは、いつ頃のお話なのでしょうか」
「……私はね、5歳まで戻ってしまったの。だから、20年も逆行したことになるわ。それはそれは驚いたものよ。5歳なのに人生ベテランだったんだもの。頭や心は25歳なのに、身体は5歳!!アンバランスで歯痒くて、そしてなにより……怖くもあったわね」
「母上は、そのぅ……えっと……、前世では違う人と結婚していたし、容姿も今とはかなり違っていましたよね。痩せた身体に鋭い目つきで……とても神経質そうな人でした。本当に怖い人だった……。『悪女皇后』なんて呼ばれていたんですよね……。それがどうして……本当に別人のようだから」
急にしどろもどろじゃないの!?
あぁ、そうか——。
先に戻った私が必死に足掻いたから。
マリシスが生まれる頃にはもう、状況は変わっていたんだ。
彼の実父は、中央から姿を消すことになっていて。
皇后は別の夫と生きていて。
だからもちろん、この国の皇帝も違う人になった。
なにより『悪女皇后』は、がむしゃらに善良な人間を目指しちゃって。
マリシスの想像を遥かに超える『別人』になっていたってこと。
まぁこうして色々と話しはしたけれど、まだ一番聞きたいことは聞いていない。
一番聞きたくて、一番聞きたくないこと——。
「ところでマリシス、あなたなんで私を殺したの?」
マリシスの内に蘇った記憶——。
彼が背負うことになった現実が、私の内にもぐるぐると巡っていく。
でもそれは、私の『死に戻り』とマリシスの『死に戻り』が唐突に交差して巡る、不確かとしか言いようのないバラバラとしたものでしかないけれど。
そうしてマリシスが話し終えるや否や、間髪入れずのタイミングだった。
皇帝であり父であるアルフォンスが、お得意の第六感を働かせたのは。
それはマリシスにも私にも幸なことで。
アルの第六感はまさにこれまで、当事者の助けとなることが多かったのだ。
「それでお前は……いつ頃、どうやって知ったんだ?」
「……ちょうど二日ほど前のことです。眠ろうとベッドに入ったけれど寝付けなくて。それでもなんとか、うとうととし始めた時でした。急に強い力でベッドに押し付けられたような気がしたんです」
いったん言葉に詰まったように見えたマリシスは、大きく一つ息を吐く。
そうして少し落ち着くと、先を続けた。
「それからは目を開けることも、身体を動かすこともできなくなって……。まるで誰かが、無理矢理にでも私に真実を見せようとしているかのような、そんな恐怖に襲われました。だって、目の前には私を睨み上げる母上がいて……それを抑えきれない怒りとともに見下ろす私がいたんですから。剣を持った自分の腕が、まるで言うことを聞いてくれなかった。身に覚えのない怒りと、どんどん膨れ上がる母上への恨みが抑えきれなくなって。そうしてその時は来たんです……」
「お前がティナを殺める時が来たってことだな?剣で……。それで、それだけではないだろう?もっと多くのことが、お前には知らされたはずだ」
まるで全てを知っていると言わんばかりに、アルはマリシスを促す。
話し始めに比べれば、マリシスの瞳にも安堵の色が浮かんで——。
そこには、義理とはいえ父親であるアルへの信頼もうかがえた。
「……はい。時はその場面から、どんどん以前に遡っていきました。その記憶には、いくつか曖昧な部分もあって。父上も母上も……そして私自身の立場も、まるで現実とは異なっていたんです。でもやけにリアルだった……。そしてなにより、私の本能がっ!!これは間違いなく本当に起きたことなんだ、そう知らせてきたんです……っ」
幼さの残る、まだまだ感情を平らにはしておけない表情と声。
いつもの大人びたマリシスからは、想像もできない姿。
マリシスはテーブルに両肘をついて——。
頭を抱え込むようにする姿は、表情を隠そうとしているようにも見えた。
「わかった、もう十分だ。間違いなく、お前には前世の記憶があるんだろう。そしてお前のそれは、いわゆる『死に戻り』『死に帰り』と言われる現象だ。帝国のとある文献には、こう書かれている。死に戻った人間は『復活者』と呼ばれ、何らかの理由で神や女神の祝福を授かるに至った者であると。そして彼らは必ず、次の生で、前世からの教訓をもとに偉業を成し遂げるとな」
そう言うとアルは、長すぎる脚を組み直して。
改めて仕切り直すように、今度は私に向き合った。
その目は優しくて、幼い頃から何ひとつ変わらない誠実な眼差しだ。
「ティナ、君の方がマリシスの助けになるんじゃないかな?ようやくこの日が来た、俺はそう思っているんだが……君はどうだ?」
アルは膝に置いた私の手をぎゅっと握って。
覗き込むようにして問いかける。
途端に、なぜだろう——。
私の胸にも、ホッと安堵の感覚が広がっていった。
じんわりと温かくなってゆっくりと広がっていく、そんな感覚だ。
あぁ、おそらくアルは——彼は私の『死に戻り』にも気付いているんだ。
いったいいつからなのかしら?
「そうね、アル……あなたって人は……天才なの!?」
「前にも言っただろう?隣にいる妻の状態に気付かない夫などいないって」
夫婦で顔を見合わせて、思わず私は吹き出した。
久方ぶりに、心から笑った瞬間だった。
「たしかに言ってたわね。さあ!マリシス、顔を上げなさい。恐れることはないわ。だって私も……あなたと同じ日から死に戻って来たんだから」
そしてこの時、私はこうも思ったんだ。
神様が授けてくださったのは、二度目の人生だけじゃない。
二度目を生きる私の事実、その孤独を受け止めてくれる夫——。
この宝のような存在をもまた授けてくださったんだと。
それからの私たちは、時が経つのも忘れて話し続けた。
こんなにもゆっくりとマリシスに向き合うのは、数ヶ月ぶりではないか。
「母上が戻って来られたのは、いつ頃のお話なのでしょうか」
「……私はね、5歳まで戻ってしまったの。だから、20年も逆行したことになるわ。それはそれは驚いたものよ。5歳なのに人生ベテランだったんだもの。頭や心は25歳なのに、身体は5歳!!アンバランスで歯痒くて、そしてなにより……怖くもあったわね」
「母上は、そのぅ……えっと……、前世では違う人と結婚していたし、容姿も今とはかなり違っていましたよね。痩せた身体に鋭い目つきで……とても神経質そうな人でした。本当に怖い人だった……。『悪女皇后』なんて呼ばれていたんですよね……。それがどうして……本当に別人のようだから」
急にしどろもどろじゃないの!?
あぁ、そうか——。
先に戻った私が必死に足掻いたから。
マリシスが生まれる頃にはもう、状況は変わっていたんだ。
彼の実父は、中央から姿を消すことになっていて。
皇后は別の夫と生きていて。
だからもちろん、この国の皇帝も違う人になった。
なにより『悪女皇后』は、がむしゃらに善良な人間を目指しちゃって。
マリシスの想像を遥かに超える『別人』になっていたってこと。
まぁこうして色々と話しはしたけれど、まだ一番聞きたいことは聞いていない。
一番聞きたくて、一番聞きたくないこと——。
「ところでマリシス、あなたなんで私を殺したの?」