元悪役令嬢、悪女皇后を経て良妻賢母を目指す 〜二度目は息子に殺させない〜

39. 心当たりのない理由

「母上が私の婚約者に害をなそうとしたからです。私は彼女を守るために母上を断罪して、絶命に追い込みました……」

「あなた、そんなにも婚約者を愛していたのね?」

「……あ、それが……僕もよく分からないんです。とにかく彼女といると、うっとりしてくるというか?……ちょっとよく理解できない気持ちになるんです。だ、だから……僕は、自分が彼女のことを好きなのかなって……」

 真っ赤に頬を染めて一生懸命に話すマリシスに、こちらがうっとりした。
 親バカだけれど、本当に美しい息子だから。

 それにしても意外だったわ。
 マリシスが私を殺した理由が『大切な人を守るため』だったなんて。

 だけどおかしい——。

 だって私、マリシスに全く興味がなかったのよ。
 ほんの一瞬たりとも、思い出したことすらないくらいに。

 まぁ街遊びの時となれば、話は別だったけれどね。

 私と同じく、街に出るのが好きだったマリシス。
 彼が街にいる日には、いつも私の護衛がそれを教えてくれた。
 そうして私は、マリシスと鉢合わせしないように動いていたんだもの。

 だけど城にいる時は、本当に気にしていなかったのよ。
 
 そんな私がなぜ?
 なぜマリシスの婚約者を??
 そもそもマリシスの婚約者って誰だっけ???

「ねぇ、ほんとに申し訳ないのだけれど……あなたの婚約者って誰だった?……全く思い出せないのよ。というか、知らなかったと思うわ。これまた本当に申し訳ないのだけれど、前世の私はね……マリシス……あなたに全く興味がなかったの」

「えぇっ!?…………」

「前世の私に代わって謝るわ。でも本当に、大切なことだからもう一度言うのだけれど、私はあなたに全く興味がなかった。そりゃあ、あなたの母親レベッカには思うところがあったわよ。けれどね、本当にあなたには……。だから、あなたの婚約者に私が害をなそうとするってことじたい、何かがおかしいのよ」

 無神経にも笑い出したアルを睨みつけて、私は改めてマリシスに向き合った。
 私の死後にもずっと生きていた人と、こうして話すことができるなんて。
 そこから得る情報は、まるで『機密情報』ではないか。

「……そうですか。父上、笑いすぎです!!私はショックを受けているというのに。父上など、夫ですらなかったのですよ?……あ!?母上!!父上のことはどう思われていたのですか?」

 パァッと嬉しそうに笑みを浮かべたマリシスが愛おしくて。
 いつの間にか私は、サービス精神溢れる答えを探していた。

「そうねぇ……いることも忘れていたわね」

「おいおい!!本当かよ!?」

 アルは楽しそうに笑いながらも、マリシスの期待どおりにやった。
 多少は落ち込んだようにも見せて。

 ——私の旦那様ったら、ほんと可愛い……。

「とにかく前世の私は一番が大好きだったの。だから二番手の第二皇子になんて、全く興味がなかったのよね……ふふふ」

 ここで我慢の限界を迎えたのか、早すぎるって話ではあるが——アルが私の肩にコツンと額を落として動かなくなった。

 けれど私は、その頭を撫でながら話を続けた。
 マリシスだけに意識を集中して。

「死に戻って気付いたのだけれど、私は随分と卑屈で歪んでいたのよ……。小説に出てくる『悪役令嬢』を知ってる? あんなの序の口、悪役でもなんでもない!私に比べりゃ可愛いもんよ!!……筆頭公爵家に生まれた姫で、継母と義妹に悩んで、父兄の態度にヘソを曲げた。それが私を形作った全てだったの……。だから醜悪の極みであることを自ら望んで、誰かを傷付けると真っ黒な心が楽しげに躍った……そんな腐った人間だった。ほんと腐ってたと思うわ」

 すっと肩が軽くなって、アルが私の肩から離れて開口一番こう聞いた。
 
「……それで?俺はいつ君の役に立ち始めたんだい?」

「ふふふ、そうですわね。兄様の誕生祭でお会いしたあの日。思い返せばあの日から、アルフォンス第二皇子殿下が私の心を支えてくださっているんですよ。私もずーっと気付かなかったのだけれど、殿下に感じた『他の人とは違う』という感触、あれは私の一目惚れだったのだと思いますわ」

「へぇ~、ちなみに俺だって一目惚れだったんだぞ」

 そう言ってアルが、私の顎に手を添えた時だった。
 マリシスが思い出したように、私たちの間に割り込んだのは——。

「あ!私の婚約者ですが、サラ・デインヒル伯爵令嬢でした」

 そしてその名を聞いた瞬間、私の胸は音を立てて騒ぎ出した。
 苦しくなるくらい鼓動が早くなって、耳の奥でドクンドクンと聞こえて。

 あぁ私、なんにも知らなかったんだ。
 なんにも気付かずに死んだんだわ——。

「ははは、あははははは——……」

 私は込み上げる笑いを、抑えることができなかった。
 アルとマリシスのギョッとしたような視線、そんなものもお構いなしで。

「ティナ、いったいどうしたんだ!?」
「母上!?」

「あぁ~あ、私ってほんとバカみたい。マリシス、その縁談がどこから来たのか知っていたの?前世のあなたは、サラとどこで出会ったのかしら?」

 そう——私は、サラ・デインヒルを知っている。
 デインヒル伯爵家、そこは唯一、私の継母と義妹が懇意にしていた貴族家で。

 サラは、そこの当主がわざわざ妾から引き取った庶子だった。

 娘のいない伯爵が、裕福な家門に嫁がせるために迎え入れた都合の良い存在。
 貴族たちの間では腫れ物のような存在だった、黒髪のあの子——。

「面白くなってきたじゃない!?ねぇアル、私たちちょうど……マリシスの婚約者を選ぼうと思っていたところじゃない?」

「あ、あぁ……そうだが。『この世界でもサラがデインヒル家に引き取られたか知りたいわ』なんて仰るんだろう?我が皇后は……」

「ねぇアル!?あなたって『天才』なんてレベルじゃなくって、もう神様なんじゃない?……そう、あなたの推察どおりよ。お願いできる?」
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