【番外編】SP 橘は、“甘やかし専門医”です
その日の夕方。
ソファに座った紗良は、クルーズのチケットが入った封筒を見つめたあと、意を決してスマートフォンを手に取った。
発信履歴から「父」と登録された番号をタップし、耳にあてる。数コールののち、低く穏やかな声が受話器の向こうから返ってきた。

「……ああ、紗良か。どうした?」

「うん、お父さん。手紙、届いたよ。クルーズのチケット……ありがとう」

「ああ、届いたか。こっちは忙しくて行けそうもないし、おじさんが一人で豪華客船なんか乗ったら、船上で海見ながら泣いちゃうからな」
と、冗談めかしてくぐもった笑い声が返ってくる。

紗良は思わず笑いながら、「もう、お父さんったら……」と呟いた。

「でも、本当にありがとう。なんか、びっくりしちゃったけど、すごく嬉しい」

「いいんだよ。どうせあの優待、使わずじまいになるところだったしな。それに——」

少し間を置いてから、岳は言った。

「橘くんと、楽しんでおいで。きっと、素敵な日になる」

紗良の胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
小さい頃から無骨で、不器用だけど優しい父の言葉に、自然と目尻が下がった。

「……うん、行ってくるね。ありがとう、お父さん」

「ああ。じゃあな、風邪ひくなよ」

ぷつりと通話が切れる。

スマホをそっと置いた紗良は、目を細めて微笑んだ。
遠回しながら、ちゃんと応援してくれている父の思いが、胸に静かに染み込んでいた。
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