【番外編】SP 橘は、“甘やかし専門医”です
議員会館・一ノ瀬大臣室。午後。
通された応接室の椅子に、航太は静かに腰を下ろしていた。ネイビーのスーツに身を包み、背筋は真っすぐに伸びている。だが、その手には微かに緊張が滲んでいた。
やがて、重厚な扉の向こうから足音が響き、一ノ瀬岳が現れる。
「よく来たね。忙しいだろうに」
「お時間いただき、ありがとうございます」
軽く会釈を交わすと、一ノ瀬はソファに腰を下ろす。秘書官と警護官が静かに控えていたが、航太は一呼吸置いてから口を開いた。
「恐れ入りますが……他の方を外していただけますでしょうか」
一ノ瀬は少し目を細めたが、すぐに納得したように頷き、無言の合図で秘書官と警護官を退室させた。扉が静かに閉まる。
ふたりきりの空間に、緊張が一層濃くなる。
「……お父様が――」
航太が言いかけたその瞬間、一ノ瀬は両手で耳を塞ぎ、ふっと顔を背けた。
「ちょっと待て。それを聞く前に言っておく。俺は……お前の父親になったつもりはないからな」
その言葉に、航太は一瞬言葉を失った。しかし、すぐに深く頷き、再び口を開く。
「……承知しています。それでも、この機会をくださった一ノ瀬大臣には、きちんと伝えたいと思いました」
一ノ瀬の目をまっすぐに見据える。
「提供してくださった、クルーズ船の旅――“パシフィックビーナス”の旅で、私は紗良さんに……プロポーズをしたいと考えております」
静寂が、応接室を満たす。
一ノ瀬は、目を伏せたまま黙っていた。何かを噛みしめるように、口元を結んでいる。その表情には、怒りでも、驚きでもない、ただひたすらに「父親としての寂しさ」が滲んでいた。
やがて、小さく、深い息をつく。
「……あの子がどんな顔をするのか、想像したら泣きそうになった」
と、かすかに笑いながら、言葉をこぼした。
通された応接室の椅子に、航太は静かに腰を下ろしていた。ネイビーのスーツに身を包み、背筋は真っすぐに伸びている。だが、その手には微かに緊張が滲んでいた。
やがて、重厚な扉の向こうから足音が響き、一ノ瀬岳が現れる。
「よく来たね。忙しいだろうに」
「お時間いただき、ありがとうございます」
軽く会釈を交わすと、一ノ瀬はソファに腰を下ろす。秘書官と警護官が静かに控えていたが、航太は一呼吸置いてから口を開いた。
「恐れ入りますが……他の方を外していただけますでしょうか」
一ノ瀬は少し目を細めたが、すぐに納得したように頷き、無言の合図で秘書官と警護官を退室させた。扉が静かに閉まる。
ふたりきりの空間に、緊張が一層濃くなる。
「……お父様が――」
航太が言いかけたその瞬間、一ノ瀬は両手で耳を塞ぎ、ふっと顔を背けた。
「ちょっと待て。それを聞く前に言っておく。俺は……お前の父親になったつもりはないからな」
その言葉に、航太は一瞬言葉を失った。しかし、すぐに深く頷き、再び口を開く。
「……承知しています。それでも、この機会をくださった一ノ瀬大臣には、きちんと伝えたいと思いました」
一ノ瀬の目をまっすぐに見据える。
「提供してくださった、クルーズ船の旅――“パシフィックビーナス”の旅で、私は紗良さんに……プロポーズをしたいと考えております」
静寂が、応接室を満たす。
一ノ瀬は、目を伏せたまま黙っていた。何かを噛みしめるように、口元を結んでいる。その表情には、怒りでも、驚きでもない、ただひたすらに「父親としての寂しさ」が滲んでいた。
やがて、小さく、深い息をつく。
「……あの子がどんな顔をするのか、想像したら泣きそうになった」
と、かすかに笑いながら、言葉をこぼした。