【番外編】SP 橘は、“甘やかし専門医”です
翌朝。
東京の空は雲ひとつなく晴れていた。冷たい空気の中に、春の気配がかすかに混じる。

紗良は淡いピンクのウールニットに、グレーのジャケットとパンツのセットアップを合わせていた。健康そのものの顔色で、身支度もきちんと整っている。
玄関で靴を履いていると、背後から航太の声がした。

「本当に大丈夫? まだ休んでていいんだよ」

彼はまだ出張後の休暇中。Tシャツにカーディガンという、どこか休日の柔らかい空気をまとっていた。

「大丈夫だってば! もうピンピンしてるし、熱も36.8!」
と紗良は元気よく笑い、バッグを肩にかけた。

「……もし途中でしんどくなったら、すぐ電話して」
航太が玄関先で見送る声は、どこか名残惜しそうだった。

「うん、ありがとね。行ってきます」

――出社したセラフィコのオフィス。
ビルの9階にある執務室には朝の光が差し込み、書類の端を照らしていた。

紗良は自分のデスクに座り、バッグの中からひとつの錠剤パックを取り出した。
それは、予備の解熱剤。
手のひらに包むように持って、そっと見つめる。

「……これが必要になりませんように」

願いを込めるように、手のひらを合わせた。
昨日までの高熱が嘘のように、頭も体も軽い――けれど、ほんの少しだけ、胸の奥に残る不安の名残。
それを振り払うように深く息を吸って、紗良はモニターの電源を入れた。
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