【番外編】SP 橘は、“甘やかし専門医”です
リビングの明かりがやわらかく灯る頃、紗良がゆっくりとベッドから起きてきた。顔色はまだ赤いが、少し熱が下がったのか、表情はさっきよりも穏やかになっている。

「…あれ?なにこれ、可愛い」
テーブルには、小さなガラスの器に入ったフルーツ。リンゴ、キウイ、イチゴが一口サイズに丁寧にカットされて並んでいた。

「食欲ないかと思ったけど、これなら食べられるだろ」
航太はキッチンのカウンターから戻ってくると、スプーンを手に取って紗良の前に腰を下ろした。

「はい、あーん」

「ふふ……甘い」
口に入ったイチゴの果汁が舌に広がると、紗良はふわっと笑った。

「風邪っぽかったの?」と、航太が穏やかに問いかける。

すると紗良は首をゆっくり横に振った。
「ううん、喉も痛くないし、咳も出ない。鼻も詰まってないし、お腹も壊してないよ。なんか、腰がだるいのと、熱だけ」

「……熱だけ?」
航太の目が一瞬だけ鋭くなる。医者だったころの思考回路が、ゆっくりと動き始めた。

(風邪症状ゼロ、でも発熱。関節痛や筋肉痛もなさそう……倦怠感はあるが、それだけでこの熱…?)
彼は無意識に自分の手首を噛むような仕草をしながら、頭の中でいくつかのケースを思い描く。

「他に何か、変な感じはなかった?」

「うーん……そういえば、ここ数日ずっと眠くて。でも最近忙しかったから、そのせいかなって思ってた」

「眠気ね……」
航太は少し黙り、紗良の頬に触れて体温をもう一度確かめた。

「とにかく今は熱を下げるのが先。無理させないようにするけど、念のため明日、ちゃんと病院行こう。俺も一緒に行くから」

「うん……ありがと、航太くん」
紗良は航太の手に頬をすり寄せるようにして、安心した顔で目を細めた。

航太はその姿を見ながら、心のどこかで妙な違和感を拭えないまま、小さく息を吐いた。

(ただの疲労ならいい。けど、俺の勘がそう言い切れないんだよな……)
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