【番外編】SP 橘は、“甘やかし専門医”です
「さて――早速だが、鶴田先生の件だ」

一ノ瀬は机の上に置かれた手帳をぱらぱらとめくりながら言った。

「明日、新人議員の勉強会がある。鶴田も出席する予定だ。その場で私から直接話ができるよう、本人に“私に声をかけるように”と伝えておいた」

橘は思わず驚いた顔で一ノ瀬を見る。

「すでに手筈を整えてくださったんですね……」

「うん。私からの頼みなら、二つ返事で受けるだろうな」
一ノ瀬は少し得意げに、だがどこか照れたように笑った。

「それで問題ないか?」

「はい……」
橘は深く頭を下げると、安堵したように柔らかく笑った。
「十分すぎるくらいです。本当に、ありがとうございます」

一ノ瀬はその笑みを見つめながら、ふっと視線を落とし、しばし黙った。
静かな時間が流れ、彼はソファの背にもたれかかりながら、ゆっくりと口を開いた。

「大学の頃から……高熱を出してたとはな」

その声は、どこか自分自身に言い聞かせるような、呟きだった。

「……あの頃、母さんも長期入院していた。私は頻繁に病院へ見舞いに行っていたが、紗良は……そんな素振り、一切見せなかった」

橘は、静かに小さく頷いた。
その仕草には、すべてを肯定する優しさが滲んでいた。

「本当に、私はあの子のことを……何も見ていなかったんだな」
「自分が大臣に任命されて、舞い上がって……家にもろくに帰らず、政務に没頭していた」

「……情けない父親だよ」

その言葉には、政治家ではなく、一人の父としての痛切な思いが込められていた。

橘は、ほんの一瞬だけ言葉を探したあと、ゆっくりと声を出した。

「でも、今こうして紗良さんのために動いてくださっている。それだけで、きっと、彼女には伝わります」

その言葉に、一ノ瀬はふっと笑い、ほんの少しだけ目を潤ませた。
< 44 / 126 >

この作品をシェア

pagetop