心地いい風
「……ねえ、もしかして毎晩こうして乾かしてくれるつもり?」

 温風と彼の指先に包まれながら、私はぽつりと尋ねる。

「うん。俺がやる」

 即答だった。少しも迷いがないその返事に、胸の奥がじんわり熱くなる。

「え、毎日だよ?」

「いいよ。風邪ひかれるほうがよっぽど困る」

 千歳くんの手が、髪の根元から毛先へと、まるで何かを慈しむようにやさしくなぞる。指の腹で、耳の後ろをくすぐるように触れられて、私は思わず肩をすくめた。

「くすぐったい……」

「ごめん、でもここちゃんと乾かさないと風邪ひくポイントなんだって」

 そんな豆知識どこで仕入れたのかと思いつつ、私は素直に目を閉じる。ドライヤーの音と、指先のリズムが心地よくて、夢の入口にいるみたいだった。

 この人のやさしさは、言葉よりもずっとまっすぐに伝わってくる。
 好き、の伝え方が上手な人だと思う。

「……ねえ」

「ん?」

「千歳くんって、いつからそんなに“甘やかし体質”だったの?」

「えーとね……葉月が彼女になってから」

「はやっ」

 くすっと笑うと、千歳くんの手が一瞬止まって、次の瞬間、ぐしゃぐしゃとわざとらしく髪をかき混ぜられた。

「ちょ、なに、なにっ」

「かわいすぎて、いじめたくなった」

「小学生男子か!」

 ふたりして笑いながら、私は思った。
 こんなふうに、ただ髪を乾かしてもらって笑い合ってるだけなのに、胸がキュウってするくらい幸せだって。

 彼は、私のことを「大事にする」って言葉じゃ足りないくらい大切にしてくれる。
 ぎゅっと強く抱きしめるわけでもなく、キスの嵐で愛を誓うわけでもない。
 でもこうして、髪を乾かしてくれる手が、何よりも深い愛情を物語っていた。

「……俺さ」

 急に声のトーンが落ち着いて、私はそっと目を開ける。

「なに?」

「ちゃんと、幸せにしたいって思ってる」

 不意打ちだった。
 胸の奥をストレートに撃ち抜かれたみたいに、言葉が出てこない。

「そう思ってるから、こんなことくらい、ぜんぜんやる」

「……“こんなことくらい”って、私にはすごいことなんだけど」

 私の言葉に、彼がふっとやわらかく笑う。

「じゃあ、続けるね。毎晩。俺の勝手なルーティンにする」

「私のルーティンにもなりそう」

「じゃあ、夫婦になっても続けようか」

「……っ」

 まるで、髪に吹きかけていた風がそのまま心まで入り込んできたみたいだった。
 彼の何気ない一言に、私はまた好きが増えていくのを感じていた。

 
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