裏切りパイロットは秘めた熱情愛をママと息子に解き放つ【極上の悪い男シリーズ】
 客が途切れたのを見計らい和葉は彼女に声をかけた。NANAにいた頃は仕事中の私語は厳禁だったけれど、HOPHOPではむしろ推奨されていた。
 今も店舗に立つ叔母は暇を見つけてはスタッフとコミュニケーションをとっていて、それぞれの仕事ぶりを確認し、時にはプライベートの悩みまで聞き出して相談に乗り、働きやすい店作りに活かしていた。
「えーっと、まだまだです……。早くパンケーキを焼けるようになりたいです」
 今のところ調理は、和葉か啓が担当していてそれ以外をアルバイトにやってもらっている。けれどいずれは調理も任せたいと考えていて、おそらく彼女が第一号だ。
「仁美ちゃん着実にできる仕事増えてるし、調理できるようになるのももう少しだよ。期待してるね」
「はい、頑張ります」
 はにかむ姿が可愛いなと思っていると、通路の向こう側、人混みに紛れてこちらへやってくるスーツ姿の男性が視界に入る。和葉の背中に力が入った。
 遼一だ。
 ここにはたくさんの人がいて、スーツ姿の男性だってべつに珍しくないのに、すぐに気がついてしまう自分に嫌気が差す。
 恋人同士だった頃は、仕事中でもプライベートでもどんな人混みの中にいても和葉はすぐに彼を見つけられた。背が高く人目を引く整った容姿だということと、なにより和葉が彼を好きだったからだ。
 今はもう彼にそんな気持ちは抱いていないのに、長年の癖は二年くらいでは抜けないらしい。
 遼一は和葉に気がついているのかいないのか、こちらを見ることは一切なく、隣のコーヒーショップでホットコーヒーをオーダーする。受け取るとフードコートには寄らずに来た方向へ戻っていった。
 小さくなっていく背中に視線を送り和葉はホッと息を吐いた。
 HOPHOPは、概ね順調な滑りだしを見せている。フードコートの中でも一番通路に近く目につきやすい場所だというのも好条件だったと啓は喜んでいるが、和葉個人の事情から考えると、あまりいいとは言えない場所だ。
 隣のコーヒーショップが遼一のよく来る店だからだ。
 オープンしてから今日までで彼が来るのは三回目。おそらく空港へ来た際は寄るのだろう。
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