裏切りパイロットは秘めた熱情愛をママと息子に解き放つ【極上の悪い男シリーズ】
 身体に異変を感じたのは、店舗の閉店作業をしている時だった。レジのパネルを押す手がブレて見えてすっと血の気が引いていくような心地がする。
 まずいと思い、和葉はカウンターについた手に力を込めた。
 貧血は、和葉が疲労を感じている時の症状だ。ハワイにいた頃はこの症状は出なかったけれど、ここのところ忙しくてろくに休んでいないという自覚があった。仕事が忙しいというのもあるが、プライベート、すなわち育児がとにかく大変だからだ。
 ハワイでは叔母の家に居候させてもらっていて、樹の子育てについて随分と助けてもらっていた。
 叔母も啓も自分の子のように樹の面倒をみてくれたし、近所に信頼できるシッターもいた。子育ての手が足りないと感じたことはなかったのだ。
 日本に来てからは、基本的に樹とふたりきりの生活で、実家は都内にあるけれど、両親には頼れない。母はいつでも手を貸すと言ってくれてはいるが、父の介護があるし、まだ樹が祖父母に慣れていない。
 同じマンションに啓がいるけれど、彼も慣れない環境で店を成功させようと奔走しているから、以前のようには頼れない。
 子育ての一から十まですべてを自分ひとりでやるという状況が、和葉にとってははじめてで、それに疲労を感じている。
 さいわいなのが、新しい保育園へ行きはじめた樹が体調を崩すことなく通ってくれていることだ。だからこそ、万が一の時のために契約しているシッター会社はできれば使いたくない。
 ハワイではスタッフの週休二日制が撤退されていたが、今は週一で休みを取れればいい方で、その一日も家で樹を見ながら事務作業をしている状態だ。
 そもそも、今和葉が店舗の締めの作業をしていることが、イレギュラーな勤務だった。
 フードコートの営業時間は午前六時から午後十時。これをシフトを組んで回している。子供がいる和葉は基本午前中のシフトに入るようにしていて、夕方から締めまでは啓が担当している。
 けれど今日彼は、ある出版社へ出向いていて急きょそのまま飲み会へ参加することになったのだ。雑誌の企画ページ『空港で遊ぼう』という企画でHOPHOPを載せてもらえるかもしれないからだ。無事紙面に載れば、SNSを見ない層にも店を知ってもらえる。
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