裏切りパイロットは秘めた熱情愛をママと息子に解き放つ【極上の悪い男シリーズ】
 コツコツと靴音を響せながら進む遼一の後ろを少し離れてついていく。しばらくすると、遼一が車の施錠を解除するピピッという電子音がする。音に連動してテールランプが光った黒い車に目を止めて、和葉は立ち止まる。
「どうかした?」
 助手席のドアを開けて和葉を待つ遼一に尋ねられて、慌てて首を振る。
「……いえ。ありがとうございます」
 乗り込みシートベルトを絞めた。
 少し動揺しているのは、彼の車が二年前のものと変わらなかったからだ。
 もともと彼はふたり乗りのスポーツタイプの外国車に乗っていた。結婚が決まった時、乗り換えることになり和葉とふたりで選んだのがこの車だ。いつ家族が増えてもいいようにとファミリータイプのものを選んだ……。
 運転席に乗り込んだ遼一が、エンジンをかけカーナビを操作した。
「住所は?」
「駅まででお願いします」
「駅まで家族が迎えにくるのか?」
「それは……」
「他意はない。送るだけだ」
 自意識過剰だと言われた気がして、和葉はむっとして説明する。
「そうじゃなくて、保育園に寄らなくちゃいけないので。保育園が駅の近くなんです」
 そして保育園からマンションも近いから、本当に駅に降ろしてもらうのが一番都合がいい。
 保育園という言葉に遼一が「ああ」というように眉を上げて納得し、最寄りの駅に目的地をセットした。
 そして車を発進させる。
 息をするのも憚れるような気まずい沈黙の中、オレンジ色の街灯や、緑の看板が流れるのを見つめながら、和葉はなんだか変なことになったなと思っていた。
 空港で働くのだから、彼の姿を見るくらいはあるかもしれないと思っていたけれど、まさかこんな風に家まで送ってもらうなんて。
 この車の助手席には何度か乗せてもらった。あの頃と変わらない物理的なふたりの距離。でも心は他人以上に距離ができてしまっている。
 胸をときめかせここに座っていた過去の自分は、こんなことになるなんて露ほども思っていなかった。
 それにしても、彼が同じ車に乗り続けているのは意外だった。
 彼は飛行機に限らず乗り物全般が好きだから、和葉の意見を取り入れて買ったファミリータイプの車など、本心では気に入らなかったはず。結婚を止めたのだから、すぐに乗り換えていてもおかしくはないのに。
 ……とそこまで考えて、もしかしたら彼には家族がいるのでは?と思いあたる。
 結婚したという話は聞いていないが、そもそも和葉に入ってくる彼に関する情報は限定的だ。
 年齢を考えるとすでに結婚していてもおかしくはない。
 いやむしろ和葉を欺いてでも結婚しようとしていた過去を考えると、橘家の長男に既婚者というステータスは必要不可欠なのだろう。ならばその可能性は高い。
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