聖女、令嬢、普通の子


 「ユーリ、目覚めたかい?」

 ユーリとは?
 ベッドから身体を起こすと扉の向こうから顔を覗かせている西洋人っぽい女性がいる。

 ユーリ……ってもしかして。

 部屋にあった鏡で自分の姿を確認すると、見覚えのある少女がいた。

 何年か前に流行った乙女ゲー。
 その中で主人公である聖女の友人にそっくり。

 いわゆるモブキャラ。
 緑色のモサモサとした髪にメガネをかけた地味な女の子。

 物語の序盤に主人公のライバル、悪役令嬢サビア・エレジールにイジメられていた。

 「今日からポラネーボ学院に入学するのだから早く支度しないと遅刻するわよ」

 女性の今の発言で確定した。
 ポラネーボ学院。ゲームの中で主人公が、攻略対象である王子や貴族の息子と親密になっていく舞台。
 同時に私がモブキャラであるユーリということも同時に確定した。

 ──でも、まあいいか。

 序盤はひどい目に遭わされるけど、それが過ぎたら、どんなエンディングを迎えようともユーリに死とか追放といった悲惨な結末は迎えないから。

 せいぜい、聖女様やサビア嬢のご機嫌でも取って、普通の人生を送ろう。

 フォールエイト魔王王国の王都エグゼシア。
 王都エグゼシアには貴族階級の人々が住まう上界と呼ばれる内円部と、庶民が暮らす外円部にある下界に分かれている。

 私は一応、貴族であるらしく、上界に住んでいるようだった。

 車輪もついていないのに地面からすこし浮き上がったキャリーケースを引っ張り、大通りに出ると、そこから停留所に停まっていた一人乗りの箱型の乗り物に乗り込み、ボタンを押すと箱型の乗り物が動き出し、エスカレーターのようにレールを上ると本線に合流して、ジェットコースターのレールのようなところを静かに加速して目的地のある停留所まで乗車した。降りる停留所の手前でボタンを押すと本線から外れて停留所へと降りるという画期的なシステムだった。

 さてと、寮に戻って荷解きでもしようか。
 最初にキャリーケースを寮に預け、入学式に出席し、ふたたび寮に戻る。

 その途中、あるモノを見つけた私は、しゃがんで観察をはじめた。

 ほう、これはこれは……。
 なかなか色艶もよくて可愛らしい。

 「きゃぁ、ロノ様だ!」
 「本物? すごい。私、この学園に入ってよかった」

 背後で黄色い歓声が聞こえる。

 ロノ?
 その名前で女子生徒が騒ぐほどの人物はひとりしかいない。

 ──ロノ・ヴェルテスカ。
 ヴェルテスカ公爵家の次男で、その女性も惚れ惚れする美貌と魔法王国きっての剣の腕前により、将来王族近衛隊の隊長になる男だ。

 乙女ゲーの中では攻略対象のひとりなので、いずれ主人公の聖女とイベントが発生する予定。まあ、最初に私、ユーリが悪役令嬢サビアに目をつけられた後の話になる。

 今は、放置しといて問題ない。
 だから目の前の生物を心おきなく堪能することにした。

 ん──?
 いかん、そこから出ちゃ⁉

 「おっと、ごめんね。君、大丈夫かい?」
 「ええ、大丈夫です。この子もケガが無かったみたいで良かったです」
 「この子? ……んなっ! そっ、それは⁉」

 悲鳴を上げるロノ公子。
 私の両手に乗っているカエルを見て、人の目を気にすることなく走って逃げて行った。

 中庭にある噴水の蓮の葉の上に乗っていたカエルを観察していたのだが、ぴょんと飛んでロノ公子に踏まれそうになったので、思わず飛び出してぶつかってしまったのが原因。

 カエルが苦手だったのか。
 なんだか申し訳ないことをした。


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