諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 カッと血が上ったように反射的に和葉が咲良を責めた。しかし咲良は即座に否定する。
「いいえ。私があの日決断したのは、愛する彼のためと思ったからです。あの日、お母様のおっしゃることには一理あると思ったのも事実です。それで私は別れを選びました。そのあとにこの子がお腹にいることがわかって……仕事を辞めたのも子どもを守るために選択したことなんです」
「そう。あなたは全部私のせいにするつもり? 挙句の果てに、子どものせいにする気なのかしら?」
 和葉の内心を見透かそうとする鋭い眼差しを、咲良はまっすぐに受けとめた。
 かつて怯えていた自分はもうここにはいない。今はもう何を言われても逃げ出そうとは思わない。わかってもらえるまで対話を続ける。
「私はこの子を彼の側で見守りつつ、また仕事に向き合うつもりです。この子の将来のためにも」
「恭平のために仕事を辞められなかったのに自分の弱さのために辞めて、また仕事と向き合いたいですって? ずいぶん都合のいいことを言うのね」
 和葉は納得していない。きっと過去のことも今のことも。その不満を次から次へとぶつけてくる。咲良を屈服させるまで足を引っ張ろうとする。まるで底のない沼のようだ。
 顔は強張って背中には汗が流れていく。手や指先には震えを感じていた。
 エスカレートする大人の言い合いに恵茉がとうとう咲良に抱きついてきた。咲良は恵茉を守るように抱きしめる。大丈夫、と落ち着かせるように。
 一拍置いてから、とうとう見かねたらしい恭平が和葉を見た。
「母さん、そろそろ揚げ足取りはやめませんか」
「私は、当然のことを言っているだけよ」
 和葉の声は氷のように冷ややかに咎ったまま。けっして折れようとはしない。彼女はやはり鉄の女だ。
「俺には彼女が必要なんだ。外交官である自分を支える妻がいてくれるのはたしかにありがたい。けれど、だから結婚を求めたわけじゃない。それよりも自分には愛している人が側で生きて、子どもを育ててくれて、子育てや仕事に誇りをもっている彼女が素敵だと思っているんだ。どんな場所で、どんな仕事をしていても、彼女だからこそ……俺は愛したんだよ」
「恭平、あなたも高宮家を名乗る人間だということを忘れているんじゃなくて?」
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