諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 恵茉が上目遣いで様子を窺っている。さすがに和葉も尖った姿勢を軟化させるほかになかったらしい。
「ばあば、だなんて。おばあさま、と言いなさい。これからは、上品で素敵な言葉をたくさん学ぶのよ」
 和葉が厳しい言葉を投げたあと表情を緩ませた。その微笑みは恭平とも似て見えた。
 恵茉は一瞬面食らった顔をしたあと、つられたように満面の笑顔を向けた。
「ばちゃま!」
 さっそく覚えたつもりになったらしい。ちゃんとした発音にはなっていないけれど。
「もっとおかしくなったわね。いい? 必要な教育はちゃんと受けさせなさい。それも親の愛情というものよ」
 くくっと、恭平が笑う。
「あなたね、恭平。笑わないでちょうだい」
 憤慨しつつもその顔は本気で怒っているわけじゃない。
「ふふ」
 咲良も思わずといったふうに笑みを零していた。
「咲良さん……私はまだあなたのすべてを認めたわけじゃありませんからね。それを肝に銘じておきなさい」
「はい。認めていただけるように精進いたします」
「口先だけじゃないといいですけれど」
 和葉の調子が戻ったらしく、鉄の女節が炸裂する。それでも咲良は前ほど和葉の言葉が冷たいものだとは感じていなかった。
「はぁ。先が思いやられるな」
「なかよち!」
 恵茉がきゃっきゃっと声をあげる。
「ああ、ある意味な」
 と、恭平が感じ入ったように頷いた。
 和葉と咲良は思わずといったふうに顔を見合わせる。
 「仲良し……になれたら嬉しいと思います。なれるでしょうか」
 なんだかくすぐったい気持ちがした。やがて肩から力が抜けて、温かな感情に満ちていくのを感じていた。
「なれるさ。君なら」
「恭平、適当なことを言わないでちょうだい」
 そんな言い合いをしていた時だった。
「和葉、どうしたんだ。騒がしいようだな」
 そこへ壮年の男性らしき声が割って入ってきた。
 どうやら和葉は誰かと待ち合わせをしていたらしい。
 スーツを上品に着こなした、見るからに日本のビジネスマンといった風貌のその人は――。
「ああ、本をさっそく渡したのかい? 恭平に……咲良さん、それから恵茉、だったね。揃っていたのか」
 やってきたのは恭平の父、嗣利だった。
「なるほど。父さんの案だったのか」
 嗣利の顔を見るなりに恭平が納得したように言った。嗣利もまたその場の様子を察したらしい。
< 117 / 126 >

この作品をシェア

pagetop