諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 無言が苦になるタイプの人はいる。けれど、恭平にはそれを感じさせない空気があった。なぜかわからないけれど、彼の傍にいるとすべて任せてもいいような安心感があるのだ。その不思議な説明のつかない安堵感に咲良は逆に戸惑っていた。
 この気持ちは一体なんなのだろう。
(一度、助けてもらったことがあるからかしら?)
「着いたよ。ここだ」
 彼が立ち止まった店は、何かの画材屋か文具店か或いは雑貨屋のような外観をしていた。洋書の表紙デザインのような紋様のドアのガラス越しに、書架が所せましと並んでいるのが見える。古い本が積まれているようだ。
「――ひょっとして古書店ですか?」
 興味を引かれていると、
「どうぞ」
 恭平は答えを言うまでもなくさりげなくドアを開く。実際に中に入って確かめてほしい、ということらしい。
 咲良は迷い込んだ猫が中を覗き込むかのように様子を窺った。
 まだ外は明るい時間だが、店内は薄暗い明かりに包まれている。店内の中心には望遠鏡が斜め上の天井を向けて置かれてあった。奥のカウンターには天体の模型やガラス瓶などが雑多に並べられ、背面の書棚にはぎっしりと重たそうな洋書が並んでいる。カフェのようなテーブル席がぽつぽつと点在し、その間にさほど背丈が高くないいくつかの書架が並んでいた。今さっきガラス越しに見た古い本が積まれているのも見えた。
 ざっと見渡してみると店の内装は円形のドーム型の造りをしていて、まるでプラネタリウムをそのままここに閉じ込めたかのようだ。
「素敵……」
 ぽつりと自然に言葉が零れ出る。各々をじっくり見て観察したい欲がこみ上げてくる。好奇心と探求心が存分にくすぐられる場所だった。
 咲良の頬はほんのり上気し、胸の内側では、わくわくするような躍動感に包まれていた。
「こういうところは好きかな?」
「はい。好きです。雰囲気のあるよいお店ですね」
「ああ。一階もいいんだが、この地下はもっと面白い。雰囲気だけじゃなく本そのものにも興味深いものがたくさんある」
 マジシャンがマジックの種明かしをするみたいに、恭平は咲良の好奇心を誘う。こういうときの咲良はまるで童心にかえったみたいに瞳を輝かせてしまう。
「地下もあるんですか?」
 食いついた咲良に、恭平は嬉しそうに頬を緩ませた。
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