諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
「何も外国だけじゃない。日本のずっと昔に綴られた巻物とか、たとえば平安初期の和歌の本、明治大正時代のあまり知られていないような作家の本なんかもある」
「そのようですね」
広げてみたいような気持ちと、そのままにしておきたいような気持ちが、咲良の中で同居しては喧嘩してしまっている。
「通訳とか翻訳をしていると、こうしたらいいという文面はなんとなく身についていくが、それでも表現の仕方は本を書く人間と同じで人それぞれなんだな、と思うことがある。そういう気付きを得られるのも本の良さだなと感じるよ」
「そうですね。先輩の使う表現を参考にさせてもらったりもしますが、私なら……という表現もたしかにあります。日本ほど複雑な表現はなかなかないとは思いますが」
「うん。俺は君の通訳が好きだ。表現の仕方がいい」
臆面もなく好意を向けられ、咲良は一瞬言葉が詰まった。
褒められるのは嬉しい。だが、こんなふうにストレートに伝えられたことは一度もない。君の仕事ぶりはよかった、とか、今日はお世話になりました、とか。クライアントから言われるのもその類のものだ。だからなのか、妙に胸の奥がざわついて熱くなってしまう。
「あ、ありがとうございます。高宮さんにそう言っていただけるなんて大変光栄です」
ビジネス的な返ししかできないことがもどかしい。彼は咲良の通訳が好きだと言ってくれた。表現の仕方が人それぞれ違うと誉めてくれたばかりなのに。
しかし恭平は意に介することなく一冊の本を抜き取った。美しい天文台から見えた星空のような詩集の本だ。
「このシリーズはかなり前からずっと続いていて、色んな作家の詩集をおさめているんだが、装丁はもちろん表現の美しさが好きで集めていたよ」
「何回か改訂されていますよね? 新しい装丁のものを私も持っています。あのご婦人もこのシリーズが好きなんでしょうか」
「そうだな。きっと気が合うよ。俺たちとも……またいずれね」
「仲良くしていただけるのであればよいですが、しばらくは遠慮したいところです」
けっして悪口を言いたいわけではなく、それは咲良のただの本心だった。
「君は真面目なだけでなく素直さもちゃんとある。そういうところいいと思うよ」
「今は、仕事とは別の場所ですから……」
恭平は笑った。
「そうだったな。あのときのことは忘れよう」
「そのようですね」
広げてみたいような気持ちと、そのままにしておきたいような気持ちが、咲良の中で同居しては喧嘩してしまっている。
「通訳とか翻訳をしていると、こうしたらいいという文面はなんとなく身についていくが、それでも表現の仕方は本を書く人間と同じで人それぞれなんだな、と思うことがある。そういう気付きを得られるのも本の良さだなと感じるよ」
「そうですね。先輩の使う表現を参考にさせてもらったりもしますが、私なら……という表現もたしかにあります。日本ほど複雑な表現はなかなかないとは思いますが」
「うん。俺は君の通訳が好きだ。表現の仕方がいい」
臆面もなく好意を向けられ、咲良は一瞬言葉が詰まった。
褒められるのは嬉しい。だが、こんなふうにストレートに伝えられたことは一度もない。君の仕事ぶりはよかった、とか、今日はお世話になりました、とか。クライアントから言われるのもその類のものだ。だからなのか、妙に胸の奥がざわついて熱くなってしまう。
「あ、ありがとうございます。高宮さんにそう言っていただけるなんて大変光栄です」
ビジネス的な返ししかできないことがもどかしい。彼は咲良の通訳が好きだと言ってくれた。表現の仕方が人それぞれ違うと誉めてくれたばかりなのに。
しかし恭平は意に介することなく一冊の本を抜き取った。美しい天文台から見えた星空のような詩集の本だ。
「このシリーズはかなり前からずっと続いていて、色んな作家の詩集をおさめているんだが、装丁はもちろん表現の美しさが好きで集めていたよ」
「何回か改訂されていますよね? 新しい装丁のものを私も持っています。あのご婦人もこのシリーズが好きなんでしょうか」
「そうだな。きっと気が合うよ。俺たちとも……またいずれね」
「仲良くしていただけるのであればよいですが、しばらくは遠慮したいところです」
けっして悪口を言いたいわけではなく、それは咲良のただの本心だった。
「君は真面目なだけでなく素直さもちゃんとある。そういうところいいと思うよ」
「今は、仕事とは別の場所ですから……」
恭平は笑った。
「そうだったな。あのときのことは忘れよう」