諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 そういう家庭で育ちました、と喉のあたりまででかかったが、余計な情報を与える必要はないと呑み込む。
「どうぞ」
 すぐに係がやってきて二人の前にワインを用意してくれた。赤い液体からは気泡がゆっくりと表面を弾けさせ、芳醇な香りと共にどこか甘酸っぱさを感じさせる。どうやらスパークリング系の赤いワインだった。
 ワインの表面に桜の花びらがひとつ揺れていた。液体の中に沈んでいるのはフランボワーズだろうか。小さな赤い実がころんと落とされている。お洒落で粋な計らいに、咲良は思わず表情を緩ませた。
 ワイン、といえば……この間は散々だった。さっきは遠慮したいと本音を零したけど、咲良としても気になってはいた。あのワイナリー経営者の女性はあれからどうしているだろう、と。彼女にも葡萄の色々な品種を育て、慈しみ、こうして生み出す苦労があっただろう。商品として売り出すために。今さらだけれど、彼女のことを理解し直す機会をもらえた気がする。
「ありがとう」と、恭平が係に目配せをしたのが見えた。それで咲良はハッと気付いた。恭平が事前にこういった計らいをお願いしていたのだと。
(ああ、まただわ。心臓が……)
 恭平のいい部分を見つけて意識するたびに胸のあたりが熱くなっていく。
 彼は人をやさしい気持ちにさせてくれる人だ。あたたかな春のような雰囲気を大事にしてくれる人。外交官として素晴らしいだけではなく、きっと彼個人のそういう部分が好まれているのだろうと咲良は納得していた。
「嬉しいです。ありがとうございます」
 恭平はただ微笑むだけで何も大したことのなかったようにグラスを持った。咲良も彼にならってグラスを持つと、二人は改めて乾杯する。
 口当たりのよいワインは美味しくて見た目だけではなく咲良をほっとさせてくれる。その一方、見えない彼の思惑についてもきちんと知っておきたいという気持ちが芽生えてくる。
「高宮さん、こんなことをお伺いするのは失礼なのかもしれませんが、それを承知でお尋ねいたします」
「いいよ。なんでも聞いてくれて構わない」
「では、どうして私を誘ってくださったんでしょうか。何か改まって伝えたいことがあるのではないかと……ずっと気がかりで仕方ありませんでした」
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