諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 そのおかげで彼女の不足している知識の部分で、依頼者がわかりやすく言葉を変える。おかげで相手にも伝わりやすくなる。仲介者として必要な能力であり、彼女が引き出したものに違いなかった。
「失礼。彼女の通訳はどうでしたか?」
 その後、商談がうまくいったらしい。彼は名刺を片手に、功績者は間違いなく彼女だと言った。
 彼女にもその後、彼は直接伝えたらしい。そのときの生真面目な彼女のふわりと綻んだ笑顔に衝撃を受け、彼女のその顔を恭平は忘れることができない。
(素敵な女性だ。彼女は……)
 彼女は賢い。賢さとは知性についてだけをいうのだけではなく、見目や礼儀を重んじることだけを示すものでもない。相手への気遣いやひとつひとつの言葉を大事に選ぶ思慮深さ、そこに備わっている思いやりなのだと恭平は思っている。そんな彼女の品性に惹かれたのだ。
 正しく運命の出会いを感じた瞬間だった。
 大手通訳会社ブレインワーズ 通訳担当、百川咲良――その日、恭平の中にしっかりとその名が刻み込まれた。
 それからしばらく経過したあと、暮れにフランス大使と会食した際、春先に行われる大使館主催パーティーで通訳の助っ人が必要かもしれないという相談をされた。フランス側のゲストに加え、日本側の招待客が当初の予定よりも増えたからということらしい。
「品のいい通訳をしてくれる人がいい」
 フランス大使とは父が古くからの知り合いで、恭平ともまた繋がりの深い人間だ。そんな大使から相談を受けたとき、恭平は真っ先に咲良のことが思い浮かんだ。
 窓口対応の女性がやや困惑した声をあげた。そして上長に相談すると言い出したので少し待つと、上司らしい男性もまた戸惑っていた。
『――彼女ですか? たしかに優秀な通訳ではありますが……』
「何か問題でも?」
『もっと相応しい現場に慣れたベテランの者の方がよろしいのでは』
「構いません。サポートはしますから」
 あくまでスポット的な助っ人が欲しいということを言い添えて、恭平はやや強引に話をまとめた。
 無論、担当についてもらう賓客にも予め紹介した通訳がつくということは説明した。
 恭平はそれからひとつ罪を抱えてしまったことを自省する。大使の願いには応えられるはずだが、彼女を自分の益のために利用してしまったことだ。
 だからこそ、彼女が困ったときは必ず助けになろう、と心に留めたのだった。


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