諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 通訳の仕事中ではないのに頭の中に外国語が沢山並んだ。混乱したせいだと思う。
(だって私はずっとシミュレートしていた)
 さよなら。あなたのおかげでいい思い出ができました。たくさんお世話になりました。勉強になりました。
 あなたの今後のご活躍を……。
(本当に? それでよかった?)
 ポロリ、となぜか瞳に溢れた熱いものが頬を伝って、咲良は自分自身に驚いた。気付いたら泣いていたのだ。
(ほっとして? 嬉しくて? わからない)
 ただ、恭平の言葉と、彼の気持ちに、胸がいっぱいになっていた。
 彼が将来を誓い合いたいと、それほどまでに咲良を必要としてくれている。そのことに感動していたのだ。
「私でいいんですか?」
 おもねるように確かめるように咲良は問うた。心の準備が少しだけでもいいから必要だった。
「君だからだ。俺は君がいい」
 恭平の熱の籠った声に、咲良の想いも共鳴する。自然と返事が零れていた。
「……はい。私も、あなたがいいです!」
「ありがとう。咲良」
「私の方こそ、ありがとうございます!」
 止まらなくなりそうな涙の合間に、恭平が手を出して、と咲良に囁く。
 言われるままに差し出した両手のうち、彼は笑って左手をとって薬指に輝く宝石のリングを填めてくれた。
「サイズはなんとなくだったから……よかったよ。デザインも君にすごく似合っている」
 よく見れば、純白のダイヤモンドの両脇に小粒のピンク色のダイヤモンドが添えられていた。まるで薄紅色の桜の花のようなた形が愛らしい。
 彼はきっと咲良のことを想いながら用意してくれていたのだろう。
「嬉しい……」
 咲良は指輪を見つめながら自然と口にしていた。ふと顔を上げると、今までに見たことのないくらいやさしい顔をした恭平がいて、衝動的に彼に抱きついてしまいたくなった。
「今夜は帰りたくないです」
 ずっと待っていてくれた恭平のことだから、きっと彼からは言いたくても言わない。もう咲良にだってちゃんと覚悟はあるし、そのつもりだってある。
「君の望みならなんでも叶えるよ。俺も、今夜は君を帰したくない」
『幸せ』というのはこういうことをいうのだろうか。こんなに昂揚した気持ちになったのは生まれて初めてだった。


 その日の夜、二人は溺れるように求めあった。プラトニックな交際を続けていた二人にとって新しいはじまりでもあった。
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