諦めの悪い外交官パパは逃げ出しママへの愛が強すぎる
 ここに来る前に、渡航する時期を決定するまで最低でも一年くらいは待ってほしい、と咲良は恭平に告げていたのだ。
 実は、以前に咲良が関わりたいと思っていた仕事がこのタイミングで決まってしまい、二人揃って渡航することはもちろんどのくらいの時期に一緒になれるのかという見通しが立たなくなったからだ。
 仕事を中途半端にしたくない。目標を見捨ててはいけない。それでも恭平と結婚したいという気持ちには変わりない。そんなふうに咲良が正直に告げると、彼は待つと言ってくれた。
 つまり、本当に婚約という名の約束だけを残して彼は独りで発つことになる。
「構わない。そういう約束だったんだから」
 それよりも、と恭平は咲良の顔を覗き込んだ。
「離れるまでの間に、たくさん二人の時間を作ろう」

「はい。それは勿論です」
 恭平を安心させたくて咲良は即座に頷く。寂しくならないようにたくさんの思い出を共有したい。当然、咲良も同じように思っているのだ。彼もまた嬉しそうにはにかんだ。
「それと、さっきの母親が言っていた話は本当に気にしないでほしい」
「大丈夫です。職場の先輩にも色々話は聞いていましたから」
「ん、待てよ。どんな話だろうな。噂は勝手についていくから、訂正はさせてもらいたいところだな」
「心配しないでください。ただ恭平さんがモテるという話です。どなたかとお付き合いしていたとか、そういう具体的なお話ではなく……」
 無論、彼にだって過去に交際していた人はいるだろう。
(素敵な人だもの。放っておく女性がいない……先輩もそう言っていたし、彼も女性のエスコートには慣れている。仕事上というだけではないと思う)
 しかし、それを聞いたからどうだというのだろう。知ってしまったら余計に気になってその女性のことを記憶してしまいそうだ。それはあまり精神衛生上よくない気がする。
 過去に嫉妬するような藪蛇になるのは避けたい。過去のことは過去のままでいい。良はそんなふうに思考を切り替えることにした。
「私はそういう話題に振り回されてしまうより、恭平さんと一緒にいる時間の方を大事にしたいです」
「うん。俺も同じ気持ちだよ」
 恭平がそう言ってくれるのが嬉しくて咲良は笑顔を向けた。すると、恭平が立ち止まって一歩近づく。おずおずと顔を上げると、やさしく唇を塞がれた。
 至近距離のまま恭平が囁く。
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